お箸の使い方

  ワシントン州 和食専門店『撫子』 二〇一三年二月一七日 午後七時一五分

 席に着いた香澄たちが料理を注文してから約二〇分後に、『撫子』おすすめのメニューが次々と運ばれる。普段家で食べる料理とはメニューが異なっており、きのこと筍の炊き込みご飯・お味噌汁・肉じゃがなど、日本人なら馴染み深い品が中心。


 そんな中で日本食に興味があるトーマスは、料理と一緒に運ばれたお箸を手にしながら首をかしげている。

「ねぇ、香澄。これがなの? ……何だか持ちづらいな」

スプーンやフォークとは使い勝手の異なるお箸に、一人悪戦苦闘あくせんくとうするトーマス。そんなトーマスを見て笑みを浮かべながらも、

「えぇ、そうよ。でもやっぱりトムには、お箸の使い方は難しいかしら?」

お箸の使い方が覚えられるか不安の色を隠せない香澄。

 だが今日は日本食やお箸の使い方マナー教室ではないため、

「あっ、すみません! 人数分のスプーンとフォークをいただけますか?」

使い慣れているスプーンとフォークを持ってきてもらうように、店員へ頼んだ香澄。“かしこまりました”と店員が告げてから数分もしないうちに、香澄たちの席へスプーンとフォークを持って来てくれた。


 時折世間話をしながらも、きのこの炊き込みご飯やきんぴらごぼうなどの料理を堪能する香澄たち。普段口にする洋食に比べ、香澄たちが今食べている和食は全体的に味が薄いかもしれない。しかしどこか家庭的で素朴な味がするお料理の数々に、舌鼓したづつみを打つ。

「へぇ、これが日本料理なのね。少し味が薄いような気もするけど……私は割と好きかな。特にこの肉じゃがなんて最高だわ!」

「本当に美味しいわね。香澄は日本人だから、やっぱり時々こういうお料理が恋しくなる?」

「時々ですけどね。……でも私は中学の時からアメリカにいるので、どちらも好きですよ」

「そうだ、香澄。もしよかったら、今度和食の作り方教えてくれない? 私って和食はまだ、作ったことがないのよ」

「それは構いませんが……私、フローラほどお料理上手ではありませんよ」

 和食のことで盛り上がっている香澄とフローラ。その話を横で聞いていたマーガレットが、

「……こんなこと言っているけどね、フローラ。香澄の作る和食は絶品よ。私たちが二人で一緒に暮らしていた時に作ってくれた卵焼きなんか、本当に美味しいんだから!」

“そんなに謙遜しないで”と言わんばかりに話に割り込む。それを聞いた香澄は少し照れ笑いを浮かべつつも、

「と、とにかく……近いうちに何か和食の作り方教えますね」

目の前に置いてある肉じゃがを慌ててお皿に盛りつける。

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