【トーマス編】(香澄・マーガレット・ジェニファーとの回想録 2)

記憶と約束のありか

                六章


         【トーマス編(香澄たちとの思い出)】

 [記憶と約束――この二つの言葉が持つ意味を調べてみると、実に興味深い。どちらも私たちの生活に密接しており、どちらか片方だけでも成り立たない。

 人の強さを決めるものが『記憶』で、未来へ進むための大切な道標となる。だが人の弱さを決めるのもまた『記憶』となり、ある日突然レンガのように崩れてしまう日もある。また消去することも出来ないため、心のさらしとなって人を苦しめてしまう。

 迷子のように居場所を求め続けるのが『約束』で、それは気まぐれな天気にどこか似ている。晴れ模様のように心穏やかであり続ければ、自然と未来へと続く光も見えてくる。だがふと暗雲が立ち込めた時、人の心はあっという間に奈落の底へ叩き落とされてしまう。


 人生とはこのような苦難の連続だが、たった一つだけ確かなことがある。それは私がトムと過ごした日々が、何かの答えを求め続けているということ。はたしてトムは私へ、一体何を語ろうとしているのか? そして今の私に、一体何が出来るというの? その答えははるか彼方の向こう側にある、『記憶』と『約束』の中にあるのかもしれない……]


     ワシントン州 シアトル郊外 二〇一三年二月一七日 午後六時三〇分

 夏のように暖かい季節も過ぎてしまい、ワシントン州シアトルでは冬を迎えていた。太陽がうたた寝をしている間に、月がひょっこりいたずらをしようと日中も顔を出している。夏場には多く見られた晴れも、冬場になった途端に天候が崩れる日が続く。


 街を歩く人が白い息を吐く日々を過ごす中で、マフラーやコードなどで厚着をしている、当時大学生の香澄たちの姿があった。どうやら彼らはシアトル郊外のある場所へ行くようで、この日ばかりは珍しく香澄おすすめのお店ということ。誰もがみな期待を秘めていると、興味津津きょうみしんしんと言わんばかりに香澄へ質問するトーマスの姿があった。

「ねぇ、香澄。香澄がおすすめのお店って、どの辺りにあるの?」

「もう少しよ、トム。しっかりと予約を済ませてあるから、満席で入れないってことはないから安心して」

「うん、分かった。……あぁ、早くお店に着かないかな」

 順調に事が進むようにと、これから行く予定のお店へ事前に予約をしていた香澄。だが詳しい行き先については親友のマーガレットやジェニファーをはじめ、親代わりのハリソン夫妻も知らない。正直なところ多少不安はあったものの、香澄おすすめのお店なら間違いないだろうという結論に達した。

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