香澄の日記(二)

             『香澄の日記(二)』


 [二〇一五年七月三〇日 午後一一時〇〇分……今は習慣として日記を書き記しているけれど、時々不安になることが二つある。どれも些細なことではあるけれど、私にとってはとても重要なことなの。


 最初の悩み事は、私の大切な親友と家族たちのこと。今はみんな時間があるということもあり、私の側にいてくれることが多い。私にとって心地良い瞬間でもあるけれど、いつまでもメグたちの好意に甘えるわけにはいかない。彼女たちにも歩むべき道というものがあり、皆必死に努力し夢に向かって模索もさくする日々を過ごしている。

 メグたちの深い愛情や優しさが、今の私にはとても身にみる。だが居心地が良いはずの彼女たちの優しさや温もりが、何故か今の私にとってつらいものでもあり――そしてとさえ感じることがある。自分はどうしてこんなに駄目な人間なの? 自分はどうして迷惑をかけてばかりなの? そんな疑念が回り続ける円の外側を、私の心は今日も歩き続けている……


 そして私を悩ませている二つめの悩み事とは、壊れかけてしまったエリーとの友情。あの日以来、私はエリーと一言も口を聞いていない。“あなたともう一度お話がしたい”“最近お話していないけど、元気?”などの一言すら、勇気を無くした今の私にはエリーへ伝えることが出来ない。

 直接会って誤解を解きたいという本心はあるのだけど、エリーの顔を見ること・声を聞くことを恐れる、もう一人の私がいる。今こうして日記を書き記し続ける私と、エリーに出会うことを拒む私。……心の奥底に眠るもう一人の私は、一体誰なの?

 そもそもこんな事態になってしまった今の状況下で、はたして以前のようにエリーと再び手を取り合える日がくるのだろうか? 


 トムが突然他界してしまったという一つの事実が、私たちとエリーに深い哀しみを残してしまう。今さらそのことを悔いても遅いことは分かっているけれど、未だにその現実を受け止めきれない弱い私がここにいる。


 数年間という短い時ではあったが、私・メグ・ジェニーの三人はトムの心のケアを行った。確かに表向きはという名目になるのかもしれないけれど、私たちはトムのことを実の弟のように可愛がり愛情を注いだ。

 しかし当時は大学の卒業式を間近に控えていた・卒業公演の練習によるストレスなどの影響により、トムの微妙な心の変化に私たちはしっかりと気を配ることが出来なかった。その事情を知らない第三者からすれば、私たちがトムを孤独と絶望に追い込んでしまったように見えるのかもしれない。……そう思われても仕方のない状況とはいえ、私たちの苦労を知らず一方的に責められるのは心外ね。

 

 私たちへ心のケアを依頼したケビンとフローラは、トムはもちろんのことリースやソフィーとも面識がある。家族ぐるみでのお付き合いをしていただけに、そのショックは計り知れない。

 また表向きは私たちを心配させまいと思っているのか、常に明るく元気に振舞い大人の対応を見せるケビンとフローラ。だが彼らはふと寂しそうな眼差しを見せることが時折あるため、一筋縄で解決しそうにはない問題であることは明白だ。


 やっとの思いでシアトルにあるワシントン大学へ留学し、アメリカで生活することになったエリー。そんなエリー自身もサンフィールド家との面識があるようだ。ほんの数日足らずという短い期間であるものの、彼らと交わしたある約束がエリーの心の支えになっていたことは、まず間違いないだろう。

 仮にエリーがアメリカの大学へ留学することになったら、サインフィールド夫妻の家で一緒に暮らすと約束を交わしていたようだ。以前サンファン諸島へ一緒に旅行へ行った時、“私の両親は学生時代に亡くなった”とエリー本人の口から聞いたことがある。

 そのことを踏まえると、私たちとは異なる理由や視点からエリーの心も深く傷ついているに違いない。むしろアメリカでの唯一の希望ですら無くしてしまったエリーの方が、私たちよりも心の傷は深いのかもしれない。このことがきっかけで、最悪の結末を迎えることにならなければ良いのだけど……


 いずれにしても、親友や家族たちにいつまでも甘えるわけにはいかない。何とか一人になる時間を作って、直接エリーに謝罪する機会を作らないと私は先に進めない。そして今度こそエリーと真剣に向き合い、お互いの心の溝を一日でも早く埋めないと。

 だけど今の私にエリーの怒りを鎮めることが出来るかしら? 不安と恐怖ばかりが心をよぎってしまい、私の心は今にも孤独で押しつぶされてしまいそうだわ……]

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