香澄の日記(一)

             『香澄の日記(一)』


 [二〇一五年七月二〇日 午後二時〇〇分……とある事情で数ヶ月前まで日本で暮らしていた私こと高村たかむら 香澄かすみは、幼いころからお世話になっているケビン・T・ハリソン(以下ケビン)とフローラ・S・ハリソン(以下フローラ)らの要望により、シアトルのワシントン大学へと戻る。そこで私はハリソン夫妻はもちろんのこと、親友のジェニファー・ブラウン(以下ジェニー)からも心温まる出迎えを受けた。

 私がアメリカを離れている間にワシントン大学内ではある問題が浮上しており、『いじめ問題』と『ワシントン大学 盗難未遂事件』の二つ。当初は私なんかに解決出来るのか不安だったが、親友やハリソン夫妻らの力を借りることで無事事件を解決することが出来た。


 そんな事件が一段落したこの日、私たちは数年前まで一緒に暮らしていた少年 トーマス・サンフィールド(以下トム)と彼のご両親 リース・サンフィールド(以下リース)とソフィー・サンフィールド(以下ソフィー)が眠るレイクビュー墓地を訪れる。そこで私は黙とうをささげ、天国で家族三人仲良く暮らせることを心から願っている。

 無事挨拶を終え自宅へ帰ろうとした矢先、お仕事の都合でシアトルを離れていたもう一人親友 マーガレット・ローズ(以下メグ)がレイクビュー墓地へ戻ってきた。メグからのお話によると、“予定していたフランス公演が中止となり、急遽シアトルへ戻ってきた”とのこと。

 事情はともあれ、しばらくの間またメグと一緒に暮らすことが出来る。だが劇団員としての忙しい日々は続くようで、以前のように一緒にいられる時間は減ってしまうかもしれないけど、私はそれでもいいの。私はメグの側にいたい――メグと一緒に成長したい。


 二〇一五年七月二四日 午後七時〇〇分……この日は最近出来た新しい親友エリノア・ベルテーヌ(以下エリー)との、久々のホームパーティー。元々はいじめ事件の被害者だったけれど、そんなことを感じさせないほど彼女は元気。メグもこのホームパーティーに参加し、初対面のエリーともすぐに打ち解けてくれた。これでやっと私たちの生活も新たな一歩を迎える――はずだった。

 ホームパーティーの雰囲気も最高潮へ達した時、エリーからアメリカに住んでいるはずの友達探しを依頼される。まだエリーが母国のフランスにいた時に、アメリカから旅行に来ていた友達とのこと。

 軽い気持ちで友達探しを引き受けたのは良いけれど、エリーから差し出された写真を見た瞬間、私たちの心は一気に凍りついてしまった。


 なんとエリーがフランスで知り合ったお友達というのは、かつてアメリカからパリへ家族旅行に来ていたのことだった。写真の裏には二〇一一年七月三〇日と書かれており、リースとソフィーが亡くなる少し前のこと。……まさかこんな形で彼らと再会するとは、誰が予測していただろうか?

 最初は彼らが亡くなったことを伏せようとも思ったのだけど、好奇心旺盛なエリーのことだからいずれ真相を知ってしまう日も近い。そう思った私は勇気を振り絞り、あの時のことを正直にエリーへ伝える。

 私たちの予想通り、トムたちの訃報を知ったエリーは狼狽ろうばいする。その姿はあの時トムを救うことが出来なかった私たちの幻影そのもので、その姿を見て思わず言葉を失ってしまう。

 ネジが止まってしまった人形のように立ちすくんでいるエリーを励まそうと、私は彼女の前に歩み寄る。エリーに声をかけ哀しみに打ち浸れるその身を抱きしめようと思ったけど、彼女の瞳は涙を浮かべながらも怒りと憎しみに満ちていた。だがエリノアが何とか気持ちを思い踏みとどまってくれたのか、彼女の手が私の頬を叩く事態にはならなかった。

 

 しかし涙の旋律を奏でているのは、私だけではない。はっきりとこの目で見たわけではないけれど、エリー自身も一人頬を濡らしている気がした。

 突然の訃報に心が耐えられなくなったのか、私たちが最後まで事情を説明する前に家を飛び出してしまったエリー。だが私の脳裏には、“トムの寂しい気持ちがあなたには分からなかったの? どうして見捨てたの?”と涙ながらに訴えかける、彼女の冷たい眼差しが浮かんでいる。


 ほんの数時間前まで強い絆で結ばれていた、私たちとエリーとの関係。だがお互いにトムたちへの想いが強すぎたためか、現代いまを生き続ける私たちのリズムをも狂わせてしまう。……私は、誤った選択肢を選んでしまったのだろうか?

 こんなつらく寂しい気持ちになると最初から分かっていれば、やはりエリーに本当のことを言うべきではなかったのかもしれない。いえ――本当のことを伝えなかったら、私はメグたちに非難されていたに違いない。どちらにしてもお互いに心のもやが残ってしまうのは明白で、とても複雑な心境の中にある。


 二〇一五年七月三〇日 午後三時〇〇分……同じ屋根の下で暮らすメグ・ジェニー・ケビン・フローラの四人は、事前に打ち合わせでもしていたのだろうか? 気のせいかもしれないけれど、何かと私に話しかけてくることが多い。まるで学生時代に戻ったかのような、楽しい日々が続く。特にメグは来月の下旬にオーディションを控えており、次の公演で重要な役を手に入れるための大切な時期でもある。

 わがまま続きで悪いと思いつつも、ジェニーには再度私に付き合ってもらった。行き先は数日前にメグから教えてもらった、シアトルに出来たばかりだというスイーツ店。普段はあまり外出しない私と違って、流行りものに人一倍敏感なメグ。……いつも不思議に思うのだけど、メグは一体どこから情報を入手しているのかしら?]

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