戸惑う気持ちと声
オレゴン州 トーマスの部屋 二〇一五年七月三〇日 午後四時三〇分
机の上にラッコのキーホルダーを置くと同時に、他の部屋を見学しようと側を離れようとした。だがそんなエリノアの視線には、ぬいぐるみやキーホルダーの他に意外な物が映る。
「あら? トムの机の上に、まだ何かあるみたいね……」
二体のぬいぐるみの影に隠れるかのように、何かが立ててある。
その何かを手に取るものの、驚きのあまり唖然とするエリノアの姿があった。
「な、何でトムの机の上に……香澄たちの写真が置いてあるのよ!?」
写真の真ん中にトーマスが写っている他、彼の左側にはフローラ・ジェニファー・ケビンの順番に並んでいる。そしてトーマスの右側には、マーガレットと香澄が並んでいる。またこの写真を見る限りでも、彼らの個性がはっきりと
例えばトーマスの両隣にいるフローラ、およびマーガレットを例に挙げてみる。二人はそれぞれトーマスの肩に手を添えるように写っているが、フローラはそっと静かに微笑んでいる。一方の右隣にいるマーガレットはフローラのように手を添えるという感じではなく、満面の笑みでトーマスに抱きついているような雰囲気だ。学校の運動会で見られるような、生徒や先生たちと一緒に喜びを分かち合う表情にどこか似ている。
またトーマスから一歩離れた場所で被写体として写っている香澄とジェニファーは、いずれも両手をしっかりと前に添えながら微笑んでいる。育ちの良さを感じさせるような雰囲気でもあり、見る者を自然と優しい気持ちにさせてくれる穏やかな表情。
そしてケビンはフローラとマーガレットの後ろに写っており、カメラに向かってガッツポーズを出している。ケビンなりにその場の雰囲気を楽しんでいるようだ。
「香澄たちと一緒に写っているトム――とても幸せそう。私がさっき一階で見た、肖像画と同じような優しい表情をしているわね」
だが写真に写っているトーマスがどうしてこんなに幸せそうな顔をしているのか、その理由がエリノアにはどうしても分からない。少年と一緒に写っているのは、長い間自分を苦しめ続けてきた人たちのはず。エリノアの視点で考えると、香澄たちはトーマスを欺き続けた張本人でもある。
そう信じているはずのエリノアにとって、両親と一緒にいる時のような優しい笑顔を浮かべているトーマスの心情が理解出来ず、さらに頭を悩ませてしまう。
『も……もしかして勝手な思い込みをしているのは……私の方なの? 間違っているのは私の方で、香澄たちは正しかったの? わ、分からない……私には何が本当なのか分からないよ!』
時折両手で髪の毛を指先に巻き付けながらも、自分の苛立ちや不安を抑えようと必死なエリノア。
しかし結果がどうあれ、この瞬間にトーマスがこの世にいないということは確かな事実。今のエリノアにとって、香澄たちが必死に努力した結果よりもトーマスを追い詰めたことの方が重要なのだ。
『……ううん。どんな理由があるにせよ、トムを苦しめたのはやっぱり香澄たちだわ。それまでに香澄たちがどんな心のケアをしようと、最終的にトムを救えなかったのは紛れもない事実よ。そうよ、やっぱり私の考えは間違っていないのよ!』
一度は香澄たちの努力を認めようとしたものの、最終的に自分の気持ちが独りよがりしてしまうエリノアの心。……彼女たちが笑顔を取り戻す日は、やってくるのだろうか?
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