小さく温かな想い出

 オレゴン州 サンフィールド家の自宅 二〇一五年七月三〇日 午後四時三〇分

 サンフィールド家の広い一階リビングで、部屋の空気や余韻に浸るエリノア。時折トーマスたちの暮らしぶりを想像し、そこへ自分も加わるという架空の世界を作る。“もう二度と彼らの声が聞けないのね”と知りながらも、エリノアの心は彼らの面影を脳裏に描く。


 そんな彼女が次の部屋を見学しようと思ったのか、一階リビングのソファーに座っていた重い腰を上げる。一度玄関口まで戻り、目の前にある大きな階段で二階へと上がる。二階へと上がるだけでも数十段ほどあり、

「こんなに広いお家だと、お掃除とか大変そうね。やっぱりメイドさんとかもたくさんいるのかしら……」

と一人小言をもらすエリノア。特にお金へ執着するような性格ではないが、この時ばかりはお金持ちの生活にあこがれてしまう。


 壁に飾ってある置時計やテーブルなども見て、少し遠回りをしてから目的の部屋へとたどり着いた。途中書庫やビリヤード台が設置されている遊戯室も見つけたが、これらの部屋へ入るのは後回しとなる。

 リビングを出たのが大体午後四時二〇分くらいで、エリノアがふと腕時計を見えると時刻は午後四時三〇分。一〇分ほどかけて、どうしてもエリノアが立ち寄りたかった部屋とは一体どこなのか?

「ついに到着したわ。ここがトムのお部屋なのね」

 部屋の真ん中に大きなベッドが置かれており、子ども部屋なのにバルコニーまで設置されている。そして立派な生地を使用したカーテンなど、これぞまさにお金持ちの部屋だ。

 さりげなく綺麗に並べられている、カーテンの手触りを確認するエリノア。シルクのような手触りに思わずうっとりし、頬が緩んでしまう。

『私も一度こんな上質なカーテンを、お家の窓にかけてみたいわね。……あら、机に置いてある物は何かしら?』


 シルクのようなカーテン生地をそっと払い、机のある物に着目したエリノア。一歩ずつ机に近づいてみると、そこには二体のぬいぐるみが綺麗に並んでいる。

『左から順番に――猫とラッコのぬいぐるみ。こういう物が好きだってことは、やっぱりトムも年頃の男の子なのね』

 うっすらと笑みを浮かべながら、ラッコのぬいぐるみを手にするエリノア。すると“チャリン”という、何か金属音が当たるような音が聞こえた気がした。不思議に思ったエリノアがぬいぐるみを良く調べてみると、

『これは……かしら? トムはラッコが好きなのかな?』

新たにラッコのキーホルダーを発見する。さりげなく指の腹でラッコのキーホルダーを撫でるものの、エリノアの顔はどこか寂しく哀愁を漂わせている。

 ラッコのキーホルダーの温もりを感じ浸りながらも、静かに机の上に戻す。

『……トムが最期を迎えた時、あなたはあの子の側にいてくれたの? そしてあの子は一体……どんな顔をしていた? 安らかだった? それとも……』

 そんなエリノアからの心の問いかけに対し、ラッコのキーホルダーは頑なに口を閉じている。

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