【トーマス編】(香澄・マーガレット・ジェニファーとの回想録 1)
無邪気な天使
四章
【トーマス編(香澄たちとの回想録)】
人の記憶というものは不思議なもので、時間が経つほどその内容も曖昧になってしまう。特別私たちが普段意識しない日常においては、そういった傾向が強く出ることが多い。
しかしわずか数年前の記憶であっても、その内容によってはまるで昨日のように鮮明に覚えていることもある。あの子と過ごした数年間という日々は、私の人生において生涯忘れることが出来ない、大切な想い出となることでしょう……
ワシントン州 グリーンレイク 二〇一二年一〇月八日 午前一〇時〇〇分
季節は夏から秋へと変わり、シアトルに再び霧雨や小雨が降り注ぐ時期となる。しかし夏に比べて気温の低下が激しいため、半袖一枚では少し肌寒い季節。
人々が少しずつ厚着する季節の中で、ワシントン州のグリーンレイクで観光を楽しむ一組の家族連れがいた。四〇代前後の男女の他に、大学生くらいの若い女性三人組、そして小学生くらいの男の子が一人。そう――彼らこそかつてトーマスの心のケアをしていた、数年前のハリソン夫妻とジェニファー、そして当時まだ大学生だった香澄とマーガレットの姿がある。
数ヶ月ほど前に香澄たちはトーマスの本当の家族に対する想いを知り、一度は少年と
そんな元気になったトーマスと一緒に、香澄たちはシアトル市民の憩いの場でもあるグリーンレイクの景色を楽しんでいた。
「うわぁ――グリーンレイクって本当に広いんだね。見てよ、こんなに広いんだよ!」
小さな体に小さな両手を精一杯広げるトーマスをよそに、
「トム。そんなに一人で先に行ったら、私たち追いつけなくなってしまうわ」
「――でもやっぱりトムは暗く落ち込んでいる姿よりも、あんな風に元気で無邪気に走り回る姿が一番可愛いな。カスミたちには本当に感謝しないと」
一歩後ろを歩きながらゆっくりと少年を追いかけるハリソン夫妻。
そしてハリソン夫妻の右隣に香澄・マーガレット・ジェニファーらが仲良く並んでいる。ケビンから心のケアを依頼されて、少しばかり気が滅入っていた香澄たち。だがそんな香澄たちにとっても、今日は息抜きをする絶好の機会。
「ところで香澄、マギー。お二人ともお勉強は大丈夫ですか? 特に香澄はその……あの子の心のケアで色々と大変でしょう?」
「私は大丈夫よ、ジェン。シアトルの朝日を毎日浴びながら、健康に過ごしているんですもの。これ以上の贅沢はないわ」
「随分お年寄りっぽいこと言うんですね、マギーって。……香澄は大丈夫?」
同じように香澄へ問いかけるジェニファー。いつもの優しい微笑みを浮かべながらも、
「ありがとう、私も大丈夫よ。それとジェニー、すぐ近くにトムがいるのだからその話題はなるべく避けましょう。……万が一あの子に知られたら大変よ」
「そ、そうでしたね。ごめんなさい、私ったらつい……」
少し浮かれ気味のジェニファーを軽く注意する香澄。
香澄たちの約束事として、トーマスのいる前では絶対に心のケアの話題をしないことと決めている。だがジェニファーに悪気がないことは最初から分かっていたのか、すぐに優しい笑顔を見せてくれた香澄。その笑顔に応えるかのように、胸を撫で下ろすジェニファー。
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