心地良い時間と団欒

    ワシントン州 香澄の部屋 二〇一五年七月二〇日 午後一一時〇〇分

 楽しかった家族での時間もあっという間に過ぎ、久々に心の底から笑い楽しい時を過ごした香澄たち。だが今日は帰ってきたばかりのマーガレットへ気を使い、午後一〇時〇〇分にお開きとなった。

 その後香澄たちは各自バスタブで体を綺麗にし、部屋で寝るための準備をしていた。そんな中で、自分の部屋で香澄が読書をしていると

「香澄、ちょっといい?」

“コンコン”というノック音と同時にマーガレットの声が聞こえてくる。“えぇ、どうぞ”と言いながら、マーガレットを部屋へ通す香澄。


 読書中の本にしおりをはさみ香澄が視線を上げると、そこには甘い香りを漂わせるマーガレットが優しく微笑んでいる――バスタブで体を綺麗にしてからそんなに時間が経っていないためか、石鹸やシャンプーの香りが部屋中を包んでいる。

「どうしたの、メグ? もう寝たのだと思っていたけど」

「うん、ちょっとね――どう、香澄。最近の調子は?」

部屋のベッドに“ドスン”と腰を軽く下ろし、香澄へ話しかけるマーガレット。

 一見するとただの世間話のように見えるが、これもマーガレットなりの香澄に対する気遣いなのだ。真面目な性格ゆえ、自分の悩みを人へ相談することが出来ない香澄。表向きは元気になった香澄だが、ほんの数ヶ月前までその表情に陰を見せていたこともまた事実。


 そんな香澄の力になりたいと決心したマーガレットは、彼女のことを誰よりも心配している。

「それよりもメグ。あなたは舞台女優になったのだから、今後は少し夜更かしを控えなさい。不健康そうな顔していると、みんなに笑われるわよ!?」

「大丈夫だって、香澄。私こう見えても夜は強いんだから。――ったく、あなたのその嫌みを言う癖は本当に直らないわね。やっぱり部屋の中で勉強ばかりしているからじゃない!? ねぇ、香澄。運動不足解消という意味で、今度一緒に舞台に出て見ない?」

「余計なお世話よ。メグが私の心配してくれるのは嬉しいけど、あなたも人のこと言えないわね。その能天気な性格は、ちっとも変わらないわ」

 その後香澄とマーガレットの間に、しばしの沈黙が流れる。ほんの数秒ほどの時間だが、それが香澄とマーガレットの緊張を解いたのか、部屋の中で二人の陽気な笑い声が聞こえる。臨床心理士と舞台女優という畑違いの道を選んだ香澄とマーガレットだが、お互いに異なる場所で暮らしていても心は離れていなかった。


 そんな小さな幸せが、今の香澄とマーガレットにはとても心地よかった。お風呂上がりに夜風で髪を揺らすような気持ちで、二人はお互いの幸せを改めて噛みしめている。

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