日本ならではの習慣
ワシントン州 香澄の部屋 二〇一五年七月二〇日 午後一一時五〇分
マーガレットは香澄の部屋で三〇分ほど、世間話を楽しんでいる。稽古に続く日々でマーガレットの体も疲れているはずなのだが、それを微塵にも感じさせないほど彼女は眩しかった。
「そういえば、香澄。以前から私、気になっていることがあるの。私たちがトムのお墓参りをする時、あなたはいつも最後に目をつぶりながら両手を合わせているよね。あれって、どういう意味があるの?」
「――お墓参りの最後に両手を合わせて故人を弔うという、日本独自の習慣があるの。アメリカではお花を添えることが多いけど、日本ではお線香というお供え物があるのよ」
香澄が無意識に行っていた日本独特の習慣について、マーガレットは一通りの説明を聞く。だが一時的に日本に住んでいたとはいえ、基本的に日本文化について詳しくないマーガレット。そのため香澄の説明を聞いても、その意味を理解することは出来なかった。
「ふ~ん、そうなんだ――でもさ、香澄。ここはあなたの生まれ故郷の日本ではなくて、文化や習慣が異なるアメリカだよ。何かそれっておかしくない?」
「――かもしれないわね。私も心ではそう分かっているのだけど、なぜか無意識に手を合わせてしまうのよ。一体なぜかしら?」
「ケビンやフローラたちは日本文化に詳しいから、あえて何も言わないのかな? ……ごめんね、香澄。余計なこと聞いて」
「いいえ、気にしないで。……あっ、もうすぐ〇時になるわ。今日はこれくらいにしましょうか」
何気ない世間話を楽しんだマーガレットは、“それもそうね。それじゃ香澄、お休み”と言いながら香澄の部屋を出ようとした。そんなマーガレットを呼び止めるかのように、
「あっ……メグ、待って」
少し照れくさそうに小声で“おかえりなさい”と呼びかける香澄のささやかな笑顔が、とても眩しい。
みんなの前では何も言わず、マーガレットと二人きりになった時に聞く香澄からの“おかえりなさい”という言葉。言葉にすればただの一言だが、舞台の稽古で疲れたマーガレットにとって、香澄のこの小さな気遣いがとても嬉しかった。
そんな香澄の気持ちに答えるかのように、“ただいま”と小声で返すマーガレット。この時二人の間には、“二人で同じ家に暮らしていた時のように、また楽しい時間が始まるのね”と心躍る瞬間でもある。
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