序章(一章) 予期せぬ再会

癒えぬ哀しみ

                序章


  ワシントン州 レイクビュー墓地 二〇一五年七月二〇日 午後二時〇〇分

 季節も七月を迎え、ワシントン州にあるシアトルはこれからが本番を迎えようとしている。ここシアトルは別名と呼ばれており、春・秋・冬は何かと小雨や霧雨などが多い。だが夏はシアトルの空模様も晴れ間を迎え、街はさらなる活気に満ち溢れている。普段は街へ雨音投げる雷雲も、一時の休息を迎えている……


 そんな耳を澄ませると人々の声や木々の静かな音色が聞こえる街の中で、花束を両手に抱えながら故人をとむらっている人たちの姿が見える。

「こうして僕らが一緒にここへ集まるのも、本当に久しぶりだね。確か一年ぶり――だったかな?」

「――時が経つのは本当に早いですね、ケビン」

 眼差しにうっすらと哀しみと切なさを浮かべ、そっとつぶやく男性――ケビン・T・ハリソンの姿があった。ケビンはワシントン大学で外国語教師として職に就いており、親日家としても有名な名誉教授。

 そして時の流れをゆっくりと肌で感じ感傷に浸っているジェニファー・ブラウンは、ある人物が眠るお墓の前に一輪の花を添えた。ひっそりと涙を流すジェニファーの肩にそっと手を添えるフローラ・S・ハリソンは、いつもの優しい笑みを浮かべている。

「大丈夫、ジェニー? 無理しなくてもいいのよ……」

「ありがとうございます、フローラ。でもいつまでもこんな暗い顔していたら、あの子に笑われてしまいますよね」

そう言いながらも、フローラの問いかけに一欠片の滴を瞳から流すジェニファー。言葉と心の本音が重なっていない瞬間でもあり、そんなジェニファーの心境を表すかのように木の葉が静かに舞っている。


 そんな木の葉と木の葉が踊りの練習をしている世界の中で、リズムに合わせるかのように綺麗な長い黒髪をなびかせている、ある一人の日本人女性がいた。

 墓石の前で両手をそっと合わせている若い女性――高村 香澄は、そっと瞳を閉じながらある人物のために今日も祈りをささげている。香澄は一体、誰のために祈っているのだろうか?

 数分程お墓に眠る人のために祈りをささげ終えると、閉じていた瞳をゆっくり開きながら、その相手の名を心の中でそっとつぶやく。

『ただいま、トム。今日もシアトルは絶好の晴れ日和で、とても良い天気よ。そしてリース、ソフィー。今日も少しだけ、あなたたちと一緒にいさせてください……ね?』


 香澄が“トム”とつぶやいた人物は、自分たちがかつて一緒に暮らしていた少年のーマス・サンフィールドのこと。数年前に不幸な事故で両親のリース・サンフィールドとソフィー・サンフィールドを亡くしてしまったトーマス。


 しかし当時九歳だったトーマスにとって、大好きだった両親の突然の他界という現状を受け入れることが出来なかった。その姿を心配したハリソン夫妻はトーマスを養子として迎える。特に子どもが大好きなフローラはトーマスのことを、本当の息子のように可愛がっていた。

 当時ワシントン大学の三年生として心理学を専攻していた香澄は、教育実習の一環としてトーマスの世話を看ることになった。親友のジェニファーと協力し合いながら、彼女たちは必死にトーマスの心のケアを行ってきた。


 だが香澄たちがトーマスへ限りない愛情を注いでも、それが彼の心に届くことはなかった。心に深い傷を負い過ぎたトーマスの心は、いつも亡き両親の面影を追う。その結果少しずつ香澄たちとの間には溝が深くなり、お互いの心はすれ違いの日々が続く。

 そして亡き両親の面影と香澄たちの愛情の二つの重りを命の天秤にかけた結果、トーマスが選んだのはリースとソフィーの温もりだった。最期に香澄たちの深い温もりを知ったトーマスだが、本当の愛情を知った代償として少年は亡き両親が待つ天国へと旅立ってしまう。


 数年間も側にいながらトーマスの苦悩を理解することが出来なかった香澄たちは、その心に消えることのない深い傷を負ってしまう。それは数年たった今でも同じ。

 だがこうして時間を作り、時折トーマスたちへ自分たちの近況報告をしている。同時に香澄とジェニファーはトーマスたちへ、自分たちが今年の九月からさらに心理学を学ぶため大学院へ進むことも報告する。

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