夏乃の暴走

 これまた二十分後。面談を終えた涼果が、いつもと変わらない落ち着いた足取りで自習室に戻って来た。


「深青、ただいま。あれ、夏乃は?」

「実はね、アイスキャンデーで怒って何処か行っちゃった。」

「たぶん、あの子のことだから、いつものところにいるよね。」

「うん。」


 私たちも荷物を持って、自習室を出て行った。夏乃のおかげで、こんな恥ずかしい思いをするなんて。皆のため息がつらかった。


「それにしても、夏乃ってちょっと子供っぽいよね。」

「まあね。あの子はずっとそうでしょ?」

「変わんない。」

「変わんないのか。」

「ふふふ。」

「ふふふ。」

「そうだと思った。あの手の子って昔からそうだからね。大抵。」

「確かに。そんな子多い気がする。」

「あっ、ここだ。」

「ほんとだ。」

「早かったね。」

「そりゃ、階段も使ってないし。」


 私たちは特別棟のトイレに入った。いつもと同じなら、夏乃はここの個室で蹲っているはずだ。


「夏乃、夏乃。」


 涼果が声をかける。


「はーい。」


 夏乃はいつもと同じテンションで個室から出て来た。だが、夏乃がいつもと決定的に違う点がひとつだけあった。それは、手にホースを持っていたこと。


「涼果、おかえりなさい。」

「た、ただいま。それ、どうしたの?」

「えっ、よくわかんないな。さっき、深青に変なこと言われたの。アイスキャンデー食べちゃダメって。」

「そりゃ、ダメでしょ。」

「深青の言う通りよ。」


 涼果は私に同調し、夏乃を優しく諭そうとした。私はそれに夢中になり、夏乃の手元を全く見ていなかった。


「そんなに深青の味方をするなら、こうするしかないみたいね。」


 私たちは、夏乃が手に持っていたホースをこちらに向けようとしていることに気付いた。


「ちょっと、夏乃、何するの!?」

「やめてよ!!」


 その時だった。夏乃は全開で蛇口を捻り、私たちに向けて冷たい水を発射した。一瞬のうちに、私たちは水に包まれた。教科書も、スマートフォンも、全部水浸しになった。


「夏乃、一体どうしちゃったの?」

「ちょっと・・・」


 一分くらいして、ようやく夏乃は水をこちらに向けるのをやめた。


「私もわからないの。自分の身体が勝手に。」

「勝手にやるわけないでしょ!?」

「お前たちは、私の敵だ。」

「て、てき?」

「そうだ、敵だ。」

「えっ。」

「ちがう、あなたたちは私の親友。」


 会話ごとにまるで人格が入れ替わっているかのように、夏乃は狂乱していた。そんな幼馴染の姿を見て、私は泣かずにはいられなかった。


「ひどいことしたね。ごめんね。」

「深青、あなたは悪くないの。うん。」

「ごめんね。」


 私は床に頭をつけて夏乃に謝った。こんなことをするのは、人生で初めてだ。だが、夏乃は私の謝意を受け入れることなく、真逆の行動をした。夏乃は、私の頭を踏みつけたのである。それも全力で。痛かった。とんでもなく痛かった。ローファーが頭に突き刺さる。


「やめなよ!!」


 涼果が慌てて足を払いのけた。その衝撃で、夏乃は倒れ込んだ。そして、気を失ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る