第24話
長野は天井を見上げた。この事態を巻き起こしたのは熒であることに、もはや間違いはない。
「もっというと治安維持隊に連絡したのも彼女だろうし、あの反政府系のビラを作ったのも彼女だよ。たぶん、反政府用のは一枚だけ作っておいたんだね」
「な、何のために!?」
「自分達を逮捕させるためだよ。『反政府活動をしてる』って通報されて行ってみたら確かに何か集会が開かれている。そして熒が隠した何かを取り上げてみたら、実際そういうビラだった。これは当然間違いないって思って逮捕するよね?
でもね、そこまでだよ。だって逮捕されたところで彼女たちは実際に反政府活動をしてないわけだし、チラシを見ても一枚を除いて全部自分達の支援を乞う内容に過ぎない。
周りの人達に聞いても『彼女たちは何もやってません』ってそう答えるよ。つまり証拠はあの一枚のビラだけ。だからすぐに解放されると思うよ」
「それはわかるけど、そもそも自分達を逮捕させる理由自体がないだろ? 誰が好きこのんで自分を逮捕させようってするんだ?」
「それも初歩的なことだね」
佐藤は軽くオレンジジュースを啜った。
「初歩的なことだ、よ」
そう言って佐藤は次の言葉を告げずに、ストローで氷を弄りだした。弛緩した時間が流れる。
彼女はそれからふうと小さな溜め息をついた。
「今日はよく喋ったな」
「いやいやいや」
長野はぶんぶんと音が鳴るくらい大きく首を横に振った。
「終わってない! 終わってないから!」
ふふ、と彼女は小さく笑った。幼かった顔が急に大人びたように見えた。
「そんなに結論を知りたいの? ゲームマスターさん」
白い指を、トンボを捕まえるみたいにクルクルと回しながら彼女は笑う。彼女の変貌に長野はドキリとして返事をすることも忘れた。
佐藤は刹那唇を歪ませ、テーブルの上に身を乗り出して長野の側に顔を近づけ、呼吸の届くような距離で静止した。
「理由はねぇ?」
艶めかしい声が生温かい息と共に長野の顔にかかる。そして、彼女はゆっくりとその細い指を長野の端末の上に乗せた。
「これ、だよ?」
彼女はそのまますっと端末を奪って、席に戻った。
「は、はは。ははは」
佐藤は愉快そうに笑う。
「なんなんだよ!」
「ははは。やーゴメンゴメン、素が出ちゃった」
彼女は端末を弄りながら楽しそうにしていたが、少しして表示した画面を長野に示して見せた。
例のファンディングのサイトだったが、前と違うのはいつの間にか見たことのないような金額が画面に表示されていることだった。参加条件を遥かに超えて——五年や十年は遊んで暮らせそうな額。
「何だ、これ……バグか?」
「ううん、この理由はね」
佐藤は次の画面を示してみせる。赤いロゴといくつかのサムネイル画像が画面一杯に表示されている。有名な動画配信サイトだった。その中で一際再生数が伸びている動画がある。少女とギアと治安隊——見たことのある構図だった。
「こんなの……上げてないぞ」
佐藤は静かに首を振る。
「長野さんの撮ったあの映像ね、配信されてたんだよ。生放送で流れてたの。この動画はそれを見てた人が勝手に再配信してるヤツだね」
動画には対立を煽るようなタイトルがつけられていて、説明欄にはファンディングサイトへのリンクが付けられていた。見ている間にも再生数はドンドン上がっていく。
「強い権力を持つ人間が無力な人間を力で抑え込む。こんな、政治的な宣伝工作に使われてもおかしくないような構図が放っておかれるはずはないよね。動画ならまだしもそれがライブで流されていたんなら話題性も抜群だよ」
彼女は残り少ないオレンジジュースを啜った。
「これが、熒の狙いだったんだ、よ?」
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