第16話

***

 長野の計画はこうだった。彼女たちは再びスターギアのチームを結成する。そして早水機械工業製の新しいモデルの東雲を操り、全国大会に打ってでる。そして好成績を収めた彼女達には再び脚光が浴びせられ、会社は束の間の安定を得るのである。


「随分ざっくりとした計画なのです……」


 熒は恨めしげに長野の顔を見た。磐座は対照的にあっけらかんと。


「ま、稚拙な計画かもしれないけど、可能性はゼロじゃないだろ。だいたい、まだ何もしていないし可能性も見えてない。やってみて何か別に活路が見出される可能性もある。別にリスクがあるわけじゃないしやってみてもいいんじゃないの?」


「そうか、みんなやってくれるのか」


 と嬉しそうにしているのは早水の父親だ。妙に憎らしい。


「咲月も――えーと、花子ちゃんもやってくれるか?」


「私は自分の家のことですから」


「うーん、まあ流れ的に仕方ないねー」


 長野は力強く頷いた。


「それで君たち――いや、俺達と言った方がいいのかな。大会に出ることは決定として、チーム名はどうする?」


「ベイクドロールズでいいよ。前使ってたの。これ近所にあるケーキ屋のお菓子の名前からとった適当な名前なんだけど、たぶん今も覚えてる人がいるだろうから、長野さんの計画的にはちょうどいいんじゃないの」


「なるほど、ベイクドロールズか」


 長野は冷静を装っているがどこか笑みを浮かべているように見えた。彼も彼で憎らしい。


「おっと、熒の意見を聞いてなかったけど熒もオーケーだよな」


「わ、私は――」


 ――どう答えるのが一番自分らしいだろうか。この難問はこれまでずっと熒を苦しめ続けてきた問題だった。


 自分らしく、そして自分の思いに反しないような回答。熒は――熒が本当に熒らしく振る舞ったら、きっと周囲から重大なペナルティを受けるだろうということを恐れていた。それはひょっとして思い込みに過ぎないのかもしれないが、それが思い込みであると断じることのできるだけの材料を持ち合わせていなかった。


 そういう意味では、熒のいう自分らしさとは「熒の思う他人から見た熒らしさ」のことであった。彼女はずっとその束縛に締めつけられてきていたのである。そしてこの時もそのパターンに従って


「私は――いいと思うのです!」


 と自分の思いとは違う回答を返した。


 長野も――咲月の父親も――磐座も嬉しそうだった。――これで合ってた。熒は心に少しちくりとした痛みを感じたが――総体としては多分嬉しさの方の感情が優った。こうして彼女はまた――自分の束縛を強めていく。


「じゃあ全会一致だな」


 磐座は一人納得したように頷きながら言った。


「あれ? 全会一致じゃありませんよ」


 早水咲月。


「何言ってんだ? お前、賛成したじゃないか」


「私、してませんよ」

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