第15話

 早水は俯いた。


「――そう」


 その声色には少し湿ったような響きがあった。磐座もいつもの元気は影を潜め、頭の中で言葉を探しているようだった。熒も――心が塞いで何も言う気になれない。厭な沈黙を破ったのは長野だった。


「どうしようも――ないのですか? あの高名な早水機械工業がなくなるなんて」


「そうだね。手は尽くしたんだが」


 男は悔しそうに口を結んだ。


「やはりギアの売れ行きが良くなかったのでしょうか。最近は確かにあまり見かけませんでしたし。今日も――お嬢さん達が乗っているのを見た以外は誰も機体を入れてなかったようです」


「なんだ、まだ咲月はスターギアをやってたのか」


 かすかに嬉しそうな表情を見せた。


「まあその通りですよ。この前出した新型が頼りだったんだが、大企業がシェアを独占する今ではまるで勝負にならなかった。笑い話にもならないけど、昔の、咲月たちが乗ってたころのモデルの方が売れ行きが良いと言う有様さ。――骨董品アンティークとしてね」


「骨董品――」


 話しながら時折浮かぶ男の寂しそうな表情は、まるで自分のこの世界での役割は終えたとでも言うようだった。


「なんとか――なんとかなるはずです」


「なんとかって、君経営できるのか?」


「できません――できませんが、俺達にできることがきっとあるはずです」


「――私も私なりに必死にやってこういうことになったんだ。口だけなら大阪に城を建てるのも簡単だろう。一体どうするつもりだ?」


「優勝するんです」


「何?」


「俺達がその新型の機体を使ってスターギアの大会に出て優勝する。それでこの工場の苦境も救えるはずです」


「な、なんだと……?」


***


秌山「ひ、一人で喋ってる……!? あ、いやちょっと待ってくれ。藍田さん、あなた一人で勝手に話を進めないでくれ」


早水「一応二人ですよ」


秌山「二人って――喋ってるのは、目の前の一人だけじゃないか。まあ早水はいいとして新谷はどうなんだ。随分大人しいが」


新谷「だって――今のところ論理的におかしくないし」


秌山「いや君、そんなに論理的な人間じゃないだろ。それに設定上、私達はスターギアの大会にトラウマを持っているわけだから反対するのは道理だろ」


新谷「いやいや、友人が困ってる目の前で『えーでも私達やりたくないし』とか言わないだろ! どんな冷血漢れいけつかんだよ」


秌山「いやいやいや、そうやって情に流されて自分達の気持ちを棄てるのが君らダメなんだよ! 人間はもっと強固な意志を持つべきだ。大体、早水のお父さんが困ってるのは大企業が金の暴力で君ら市民の生業を圧迫しているからなのに、それを『スポーツマンシップに則って成果を出せば解決するのです』みたいなお花畑的結論はおかしいし何も解決しない。優勝したら早水の家は多少の延命を得るかもしれないが、早晩同じ状況に陥って倒産するのは目に見えている」


新谷「それってアキコの持論な、私持論違う。延命する、結構じゃない。ま、多少人それぞれ事情はあるから一概には言えないけどこういう場合は延命されないよりされる方がいい。お前が言ってるの、今、この時点で現に飢餓に喘いでる人間に向かって『どうせ来年には餓死するんだから』って言って、パンを渡さないようなもんじゃん。それ、私、できない」


秌山「…………」


藍田「もう進めても?」


新谷「いいぜ」


藍田「わかりました。秌山さんはもっと考えてから発言するように」


秌山「こいつだんだん本性現してきたのです……」

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