第10話

「ふぅー」


 機体から出て、熒は大きく息を吐き、間断なくしたたってくる汗を拭う。機体の中は空調設備が整っているが白熱すれば自然と熱がこもってくる。小さな背を必死に伸ばして、フィールドに映えるピンク色の機体から降りてくると、ちょうど緑の機体からい出てくる磐座と目が合った。


「よっ。無事だったか。――熒」


 にかっと笑う磐座に微笑み返して周りを見渡すと、既に一足早くフィールドから退場していた佐藤がぽつんと突っ立っていた。


「花子もお疲れさまだったのです!」


 ――? 反応がない。


「どうした?」


 磐座は悪い目を細めて佐藤の姿を見ると気づいたようにあっと声を上げた。


「こいつ――寝てる! 立ったまま寝てる!?」


 そんなバカな話が通りますか――と言ったのは早水だった。彼女の青い機体は、いつの間にか部屋の隅の方に他の予備の機体と共に整然と揃えられていた。


「――起きてた」


 周りの視線に気づいて目を覚ましたらしい佐藤は、ほんわりとした声で応答を返してみて、大きくあくびをした。


「素晴らしい試合をありがとうございました!」


 聞き慣れない声がして熒は振り向いた。


***


新谷「あれ、藍田さん何かやるの?」


藍田「はい。NPCっていう――。ええと、プレイヤーが入ってないキャラクターは私が演じるので。まあ脇役だと思ってもられば。役目終えたらすぐ去りますので」


新谷「なるほど。ところでこの人、どういう役回りなの?」


藍田「えーとじゃあ、気づけるかどうか四人でダイス振ってもらっていいですか?」


狩野「もう振ってあるから後よろしくー」


新谷「っていや、だから寝るなよ!」


***


「あっ、あんた、あの鉄槌の使い手だろ!? 歩き方でわかるよ。いやー強かったね」


 磐座は嬉しそうに、声を上げた。


(えーと、たぶん……花子を倒した人なのです)


 熒は記憶を辿ってそう結論づけ、磐座と同じように笑顔を作った。


「あ、そうです。女性なのに――というのは時代錯誤ですかね。いや、とてもお強いですね――。ビックリしました」


「いやいや、運が良かっただけだよ」


「それに俺がやられたあの技、あんなの絶対に避けられないですよ。本当にすごい。あれなんていう技なんですか? 技の名前とかあるんですか?」


「あ――いや、名前は良いんだよ」


「名前とかあるんですよね? いやー聞きたいなあ。名前」


「お前わかって――」


 ――私も聞きたいですね、と早水が横から口を出す。磐座は顔を真っ赤にして俯き


「ラグナロクタイフーンだよ」


 と小声で呟いた。


「うわー、かっこいいなぁ。すごいなぁ。いやー素晴らしいネーミングセンスですね」


「それはいいから、お前何の用なんだよ。バカにしにきたのか!?」


「とんでもない――いや、どこかで見た顔だなと思って声をかけに来ただけです」


 熒はわかっていた。彼女たちは以前、同じメンバーで全国大会ベスト4にまで進出したことがあった。その時は、十三歳という若さと性別もあいまってスターのような扱いでメディアに取り上げられ、ある種、時の人のような扱いを受けていたのだった。ある事件をきっかけに彼女らはスターギアを辞め表舞台から去ったのだが、まだその記憶を頭の片隅に残している人もいるのであろう。


 彼女たちにとってそれは――あまり良い思い出ではなかった。


 熒は一瞬よぎった暗い影を振り払うかのように明るい顔を作って


「ではどこかでお会いしたことがあったのかもしれないのです!」


 と声を上げた。


「まあそうでなくても、似たような人はどこにでもいますからね」


 早水は聞こえるか聞こえないかぐらいの声でぼそりと呟いた。


「いずれにしても、その話は少し避けていただけませんか?」


 男は不思議そうな顔をしたが、やがて頷いて続けた。


「それより、それだけお強いのだから大会にも出られるんですよね?」


「大会?」


 熒は首を傾げた。


「え? 知らないことないでしょう。年一回開かれるあのスターギアエンペラーカップですよ」


 彼の説明によると、スターギアエンペラーカップというのは国内最高峰の戦いで、日本最強チームをトーナメント方式で決める、野球で言う「甲子園のような」戦いなのだという。


メディアでの露出も多く、本戦の優勝者は当然のこと、予選の勝者も大きな名誉を得ることができる。


そのため、かつては近所の仲良し同士で参加するような草の根レベルのチームも多かったのだが、最近は企業やNGO団体がスポンサーに付いて色々な地域の強者をかき集めてチームをつくり、大金をかけて育成するというようなことが多くなってきている。


「いや、これは余談でしたが」


 と言いながら彼は話を終えた。熒たちも――それに参加したことがあるので当然知っていた話ではある。


「いや知ってた知ってたよな。ちょっと忘れてただけ――でそれがなんなの?」


「いえ、それだけです。当然出るんだろうなと思って、では、本当にありがとうございました」


 といって彼は背を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る