安堵
■ 07
「佐藤さん、こんにちは」
いつも通り窓際の席に座り、軽く頭を下げて挨拶をしてくる鶴織の姿を見た瞬間、佐藤は安心のあまりその場にへたり込んでしまった。
「はは、は……」
あまりの安堵からか、口からは乾いた笑いも漏れる。
「あの……どうしました……?」
鶴織がいぶかしげに声をかけてくる、それはそうだろう、いきなり部室に駆け込んでくるなりへたり込んで笑い出すのだ、不審に思うのも無理はない。
「いや、ごめん……」
佐藤は軽く謝ってから立ち上がり、いつもの席を引いた。
「いやぁ……友達から聞いた怪談に出てきたのが鶴織さんとあんまりにそっくりで不安になっちゃって……」
「あはは……ありがとうございます、そんなに心配していただいて」
「いや、こちらこそごめん……幽霊じゃないか、なんて思っちゃって……」
「え……」
佐藤が軽くそう言うと、鶴織が動きを止めた。鶴織の手元からクリップで留められた原稿用紙が滑り落ち、床に落ちてばさりと音を立てる。
「いや、だからごめ……ん……?」
鶴織のその反応を幽霊だと思われたことに対してショックを受けたのだと思った佐藤が謝りかけて首をかしげた。
鶴織の姿が、薄くなっている。
佐藤があわてて目をこすり、瞬きをするとその姿はさらに薄くなり、その後ろにあるカーテンが透けて見えるようになっていた。
「つ、鶴織さん!?」
驚いた佐藤が鶴織の方に手を伸ばす間にも、その姿は薄くなっていく。鶴織の口が何かを言うように開閉する。だが、その声帯が発した弱弱しい声は佐藤に届かなかった。
吹いた風でカーテンが揺れる。
そのカーテンは佐藤の視界からその半身を隠す。
倒れこむように佐藤は膨らんだカーテンに突っ込んだ。けれども、カーテンの向こう側には物体の感触がない。もはやほとんど見えなくなった鶴織の顔が目の前に見えた。スポーツの話をした時に彼女が見せた、寂しげな顔をしていた。佐藤はそのまま倒れこむ。
鶴織に触れようとして空を切った佐藤の手が窓際の椅子にかかり、椅子が机を巻き込んで盛大な音をたてながらひっくり返る。ついでに、近くにあった机も倒れ、その上に置いてあった紙袋の中身がぶちまけられる。
ひっくり返った机と椅子、地面に散らばったライトノベルの中で佐藤は体を起こした。カーテンが窓際で大きくはためいている。そのパタパタという音がやたらと大きく響いていた。
けれども、部室には佐藤一人だけしかいなかった。
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