怪談
■ 06
翌朝、佐藤が寝不足の頭を抱えながら学校に向かうと、教師の病欠で一時間目の授業は自習だった。それを知った生徒たちは早速教室のそこかしこで話に花を咲かせたり夢の世界に旅立ったりしている。
本を読むか、不足している睡眠を補充するか佐藤が思案しているとそこそこ仲のいいクラスメートが席を寄せてきた。
「なあなあ佐藤、面白い怪談話を仕入れたんだが」
「やめてくれ。寝るか本を読むか迷っているところなんだ」
「いやいや、たいして時間は取らないし、お前さんにもかかわる話だ」
「わーったわーった。手短に頼むよ」
いったんは断った佐藤だが、クラスメイトが食い下がってくるので佐藤は話の続きを促した。
「これは部活の先輩から聞いた話なんだがな……」
声を低くし、クラスメイトは話を始める。
「うちの学校には部室棟があるだろ?」
「ああ」
「で、あの建物が取り壊されない理由、知ってるか?」
「いや、知るわけないからな。まあ、よっぽど頑丈にできているんだろう。あと、県の歴史的なんたら建築だって話だし」
「それもあるんだろうがな……出るらしいんだよ、幽霊が」
「へえ」
「あの部室棟がまだ校舎として使われていたころ……あれは寒い冬の日だったそうだ」
「は?」
「そのころの一年生に、心臓だかどっかが弱い生徒がいたそうだ。激しい運動は医者から禁止されてて体育の授業はいつも見学。そのかわり猛烈に本を読む文学少女だったらしい」
「はあ」
「ある日、その生徒は教室に忘れ物をした。締め切りが迫ったものだったそうで、学校に取りに戻った」
「で?」
「まあ、比較的そういうのが緩い時代だったからね、宿直の教師の許可を得た彼女は一人で教室に行ったそうだ」
「ふむ」
「ところが、少女は自分の教室に入り、目的の物を回収したところで持病の発作が起こった。すぐに処置をすれば命に別状のない発作だそうだが、その時の発作は少し重かったらしい。彼女は身動きが取れなくなった。しかも運が悪いことにあたりには彼女ひとり、おまけにそのころの一年の教室は旧校舎二階でクラスは一組。一番奥の教室だったそうな。だからいつまで帰ってこなくても教師は当分気づかなかったそうだ。……いつまで戻らないことを疑問に思ったその教師が教室に入ったとき、彼女はすでに息絶えていて、彼女の周りに原稿用紙だかレポート用紙が散らばっていたそうだ」
「はあ……むむ?」
クラスメートの話に適当に相槌を打っていた佐藤は、そこであることに気が付いた。
奇妙なほど、鶴織と一致している。
心臓が弱い。一年一組。文学少女。
「ちなみに、そのころの西松は積極的でいわゆる熱血教師だったんだが、それをきっかけに今みたいに万事に適当になってしまったらしい。なにせ、その少女の担任だったうえにその日の宿直だったらしいからショックも大きかったのかもね」
クラスメートは佐藤の思考などお構いなしに話を続けている。それを聞いた瞬間、佐藤の頭の中でいろいろなことがつながった。
死んだ生徒のこと、西松先生に対する評価の違い、西松先生の見せた反応、利用カードの名前、名簿に名前がない。そういえば、文芸部の部室の扉の上には一年一組のプレートが掲げられていた。いつも鶴織は物音ひとつ立てず、いつの間にか帰っていた。文芸部の部室の外で鶴織と会ったこともない。よくよく考えれば、一学年に千人いるようなマンモス校でもなく、同じ学年の教室もすべて同じ階にある学校なら一度も廊下で顔を合わせていない方が不思議である。
そういったことが電撃的に結びつくと同時に、佐藤の胸の中で急激に不安が膨らんだ。
「でまあ、その幽霊が部室棟に――」
クラスメイトの言葉も全く頭に入ってこない。
じゃあ、鶴織は?鶴織は部室に今も存在するのだろうか?
佐藤は今すぐにでも部室に行きたかったが、六時間目の授業が終わるまでは部室棟の入り口は閉鎖されていたので中には入れず、悶々とした思いを抱えたまま授業を受けた。
六時間目が終わると、佐藤はスクールバックも持たずに、部室棟に走った。途中で部長とすれ違ったが、佐藤はあいさつひとつせずにその横を駆け抜けた。力任せに入り口の扉を横に叩きつけるようにして開けると、佐藤は肩で息をしながらそこで立ち止まり、室内を見まわした。
いつも通り開け放たれた窓。その横の席には鶴織が座っていた。
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