新刊

■ 04



「あ、こんにちは」

「あら、こんちには」

 佐藤が文芸部の部室に入ると、先に来ていたらしい部長がやたらと大きい紙袋を部室の隅にある机の上に置いているところだった。紙袋の側面には学校の近くにある大型書店の名前が印刷されている。文芸部に入ってからは、佐藤も時折足を運んだことがある。

「じゃ、じゃあ、私は外にいるわ。早引けする時は窓を閉めておいてね」

「あっ……」

 部長はそう言い残すと、佐藤が止める間もなくその横をすり抜けて外へと駆け出した。見た目は文学少女そのものなのにこの先輩は意外と動きが素早いようだ。佐藤があわてて廊下に出た時にはすでにその姿を消していた。

「……?」

 この前の謎めいたアドバイスといい、なんだか部長の行動に釈然としないものを佐藤は感じて首をひねるが、その答えなど出ようはずもない。佐藤はそのことについていろいろ推測するのをあきらめて、ドアを閉めると部長が置いていった紙袋を覗き込んだ。

 重みで底が抜けないように二枚重ねにされた紙袋の中にアニメのようなイラストや、少女マンガのようなイラストが表紙になった文庫本が入っていた。ライトノベルらしい。「ほうかご百物語」、「学校を出よう!」、「アスラクライン」、「君の居た昨日、僕の見る明日」、「社会的には死んでも君を!」エクセトラエクセトラ……。全部が新刊というわけではなく、中には裏に全国展開している古書チェーン店の値札が張られているものもある。テンプレートな文学少女に見える部長も、こういう本を読むらしい。けっこう意外だ。

「あの……すいません、一冊とってもいいですか?」

「え? ああ、鶴織さんこんにちは、ええと……どうぞ」

 佐藤が紙袋の中身をいろいろと眺めていると、いつの間にか鶴織がやってきていたらしい。相変わらずやってくる時と、帰るときの気配が感じられない。もしかして忍者の末裔か何かなんじゃないだろうか。

 佐藤がどくと鶴織はライトノベルの山の中から適当に一冊を抜き出した。鶴織はさらに数冊を抜き出すと、窓際の指定席へと移動する。その途中、佐藤に背中を向けたまま鶴織が言った。

「ええと、あの本は、佐藤さんは読まないでおいてください……」

「え? 別にいいけど……」

 鶴織の言葉に佐藤は一瞬だけ戸惑うが、それでもその言葉に従って手に取った本を紙袋に戻す。そういえば、鶴織から勧められていた本もまだ半分ほどしか読んでいなかった。そっちを先に読んでしまおう。

 椅子に座った佐藤が鶴織の方をうかがうと、鶴織は窓の外へ顔を向けてライトノベルを読み始めていた。声をかけてみても反応がない。どうやら本の内容に没頭しているようだ。

 佐藤は一つため息をつくと、自らも本の世界に没入することにした。

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