第15話 闇の一族

第十五章 闇の一族



 王仁が笑みを浮かべて近寄ってくる。

 壁に翔太郎の気功でたたきつけられた。

 なんのダメージもうけていない。鉤爪をふりかぶった。腕をまさに翔太郎にたたきつけようとした。そのとき。部屋の動きとまった。

「なんてことしたの。あれほど翔太郎には手を出さないようにいって置いたのに」

 そして、翔太郎の脳裡に女の意識がどっと流れ込んできた。

(こいつら、過激派なのよ。ごめんね。こんなことが起きないかと心配はしていたのよ。)

 ――美樹の声だ。なにか現実とフイクションの世界がいりまじってきた。美樹の声がする。あそこは別の次元とつながっていた場所。わたしは家の裏の墓地にいた。墓地は深く黒い森へとつづしいていた。カラスが鳴いていた。カラスの声は人の声だった。いっていることがよくわかった。誘われている。

 わたしと遊ぼう。あそぼうよねぇ。いいでしょう。わたし翔太郎のことすきよ。その場所まで――決っして遊びにいってはダメですからね。と母にいいつけられていた墓地の奥が黒い森に連なる辺り。墓石や巨大な一枚岩のような墓碑銘がまばらとなる《境界》に足を踏みいれていた。地面がじめじめしていた。低い低木地帯で羊歯が生い茂っていた。

――あれから、気が遠くなるような時が過ぎた。それなのに美樹の声は、姿は……姿がみえているのだろうか?  声があまりにリアルなので姿までみているような錯覚に陥っているのではないか。美樹は美樹のままだった。わたしが見まちがわなかったのは、美樹がはじめてあったころの美樹だったからだ。少女のように、ういういしい美しさだ。


「ジイチャン。死なないで。死なないで」

 美智子の嗚咽。きこえる。はるかかなたで。わたしはまだあの部屋で倒れているのだ。そしてそのわたしの体に美智子がしがみついてる。泣いている。わたしは死にかけているのだろう。 


 

(手ちがいが起きたの。ゴメンね、ショウちゃん。わたしは「マヤ塾」を閉鎖においこむ指令はだした。翔太郎にここ東京にきてもらいたかった。わたしの目の届くところにいてほしかった。身近なところにいてもらいたかった。ところが、過激派が、「マヤ塾」を焼き打ちするなんて、想定外だった。わたしに逆らうものがでるとは思わなかった。わたしは闇の領土から明るい都会に移ってしまった。ながいこと都会暮らしをしてきた。光の中を歩みたかった。人の世と調和したかった。ところが、アイツラは、この都会を闇にしようとしている。外国のテロリストとも組んでいる。許されることではないわ。わたしは、夜と昼のひとたちが、次世代では仲良く生きていける社会になってほしい。だからこそ、わたしは翔太郎といっしょになりたかった。それには教育なのよ。子どものときからの教育でどうとでもなるの。平和な、争いのない生き方。そんなわたしの夢と――同じような希望をなしとげるために私塾をやっている翔太郎に力をかして欲しかった。翔太郎の子どもを産みたかった。それが生ぬるい。たよりないキャンペーンと過激派には映るのね。かれらは新興宗教を立ち上げた。ひとを洗脳する方法をとったの。かなり強引なやりかたで信者をふやしている。わたしは反対した。でも味方が少ないのよ。ゴメンね。ショウちゃん。わたしは、ショウちゃんに助けてもらいたかつたのよ。それが、こんなことになって)美樹のながいモノローグがつづいている。



 美樹にいわれなくてもわかっていた。むかしいわれたことがある。かって、いちどみみにした魅惑の言葉。いまなら、受けいれることができる。美樹の息使いかする。美樹の息がわたしの首筋に……。


 あなた、焼け残ったバラが春になったら咲くわ。その花房のなかにわたしはいる。智子だ。あなた、おかしなとはかんがえないで。わたしは、いつでも、あなたのそばにいるから。智子の声が遠退いていく。


(……わたしのように、ひととの調和を求めるようなものは、もう不要なのかしら。わたしのようにひとのなかに混じって生きていこうとするものの住む場所はもう、ないのかしら。わたしたちは敵同士として憎み合って生きなければならなかったのね)

 美樹の声も遠くで聞こえている。


「ジイちゃん」と呼びかける美智子の声が聞こえる。

「ジイちゃん。死なないで」三人の愛する女の声がする。初恋の美樹。長いことつれそってくれた妻の智子。孫娘の美智子。おれは死ぬ。死んでいくのだ。だからみみもとで愛する女性たちの声がしているのだ。

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