第13話 鬼族VS日光忍軍

第十三章 鬼族VS日光忍軍



 奥の扉が開いた。

 足音がひびく。乱れている。美智子が連れてこられた。よかった。体に傷はない。いたぶられたようすはない。暴力をうけたようすはない。ただおびえている。青白い顔。ひきつった表情。

「離して」

 両手を引かれ、それに逆らっていた。ドタドタと靴底が床を乱打した。隼人に気づいた。隼人に気づく。

「直人。助けてぇ」

 心は動揺している。部屋が薄暗くなる。美智子がみもだえる。

 美しい顔が疲れきっている。ひきつっている。美智子が悲しむ。すると明かりが暗くなる。美智子の悲痛なさけびに部屋の明かりが反応している。美智子の恐怖が回りを暗くしている。

「直人。こいつは、やはり直人なのか? 榊直人か」

「直人、直人、直人。わたしを助けて」

 かぼそい声で美智子がくりかえす。強引に日輪教に入会することを誘われたのか? 色白な肌が青みをおびている。いや、顔面蒼白、そしてひな鳥のようにおびえている。

「そうか。やはり直人か。生きていたのか。似すぎているはずだ」

「直人。なんとかして」

 キリコまで調子にのって直人。直人。直人と呼びかける。えっ、これってなんだよ。どうして直人なんだ。

 そして、ひらめく。直人だったら写真を撮る。どんな緊急な、いや緊急な状態だからこそ、記録しようとする。さっとデジカメをとりだす。拳銃でもとりだすと思ったのか。武器をとりだすととっさに判断した。王仁の配下がナイフをなげた。正確に腕をねらってきた。痛みさえ腕に感じた。そこには、隼人の残像が一瞬みえた。それだけだ。隼人はキリコの後ろにいた。

 シャカシャカシャカ。

 まるで、仏に救いを求めているような連続音。シャッターを切る。

 シャカシャカ。シャッターの音がする。フラッシュがきらめく。光る。王仁が目をおおう。そうかコイツラ、光に弱いのだ。シャカ。配下も目を細めている。

「いまだ」

 キリコに声をかけた。隼人の手には投げられたナイフが握られていた。キリコのテープを切った。



「キエっ」

 裂帛の気合。キリコの脚が中空で滑車のように回転した。美智子を拘束している王仁の配下を襲う。

「その女を連れていけ。大切な広告塔だ」

 男たちが美智子を連れ去る。キリコが追いかける。

「品物みたいに、あつかうな」

 隼人が叫ぶ。光に目がくらんで、視界のきかないヤッラがキリコに倒される。隼人は王仁にさらにカメラをつきつけた。シャッターをきる。

「おれたちの変形を見破る人間。おれたちの敵だ」

「直人。こっちはかたづけたよ。おもうぞんぶんやって」

 瞬時、キリコの憎しみの感情が王仁にむけられた。美智子を連れ去った男たちを追いかけるが、扉が閉められてしまった。扉の前には王仁が立ちはだかった。隼人にとっても王仁は憎い敵だ。鹿沼の「アサヤ塾」を滅ぼした元凶だ。

「ぼくは鹿沼で麻耶夫人の覚悟の死を看取った。智子さんの最後の願いを受け継いだ。鬼神がのさばる社会は断じて許さない」

「なにぼそぼそいっている」

「お相手つかまつる」

 おもわず古風なことばがでた。闇のものの悪辣な所業を見破る感覚。闇に住むべき鬼神と戦ってきた光りの戦士。日光忍軍の末裔。黒髪と榊の一族が鬼神とここに戦っている。

 隼人とキリコが吸血鬼を敵とした。共闘している。麻耶の血をうけた美智子を守るために。隼人の正拳が王仁の顔面に炸裂した。先祖が隼人のこころを読みとった。隼人のこころに同調した。隼人の体に精気がみなぎっている。破邪の正拳が、王仁の顔面に炸裂した。

 シャッターによる光で視界がにぶっていた。いつもなら、軽く見切られていた。それが、まともに王仁の顔面をヒットした。

「痛いな。痛いですよ」

 ニカッと凄惨な笑みを浮かべている。まったく痛みなど感じていない声。王仁はじりじりと間合いをつめてくる。横に薙ぐような腕の激打をうけた。衝撃を霊体装甲がゆるめた。霊体装甲がなかったら、壁にたたきつけられていた。

「こっちはみんなかたづけたからね」

 キリコがいった。

「はやくここからでるんだ。美智子さんを追いかけろ」

「姉き!! キリコ」

 外から扉が開かれた。霧太が部屋にかけこんできた。

「隼人。だいじょうぶか」

 秀行がそのあとにつづいていた。

 王仁が「ちくしょう。やはり、隼人か!!」とはげしく舌うちした。バリバリと歯ぎしりする。鬼の形相でバリバリと歯ぎしりしている。よほど口惜しいのだ。 

「美智子さんを救出しよう」

「ここにいたのか」

 駈けつけたばかりの秀行には美智子が見えなかった。美智子の姿はない。ほかの部屋に連れさられたのだ。



 美智子は殺風景な唄子のいる元の部屋に連れ戻されていた。

 このビルでなにかが起きている。誘拐された。あのときの男の握力の凄まじさ。

まるで鉄の手でしめつけられたようだった。王仁と名のった男。隼人と争った男。

とてもフツウの人間ではない。両眼が赤く光っていた。

 あんなスゴイヤツが隼人やキリコの敵。わたしの敵だった。

 唄子がいる。

 隼人やキリコと会った。なんのために、連れていかれたのか。隼人やキリコを牽制するためだろう。夢なんかじゃない。隼人たちが助けにきてくれている。そして、またもとのこの部屋に投げ込まれたのだ。隼人……!! わたし、ここにいる。わたしは、ここで、隼人が助けにきてくれるのを待っている。

 助けて。

 はやく。

 助けにきて。

 唄子がいる。

「唄子、逃げよう。ここからふたりで逃げるのよ。いまに、隼人が助にきてくれる」

「隼人さんが、きているの?」

「そう、すぐそこまできている。いま会ってきた。キリコさんもきてる。みんなで、わたしたちのことを助けにきている」

「みんなで……」

「すぐ助にきてくれるわ」

 早くきて。隼人とキリコが戦っていた。わたしのために隼人が命をかけて戦っていた。それなのに、わたし直人、直人と声をかけてしまつた。ごめんね。

 はやく助けて。

 隼人。隼人に呼びかけている。

 わたし隼人に呼びかけている。

 直人でないことは、このわたしがいちばんよく知っている。

 直人がもうこの世にはいないことは、わたしがいちばんよく知っている。

 直人への未練をたちきろうと、こころのなかで直人を呼んでいた。

 リアル世界にはもう直人はいない。

 わかっている。わかっているのに、どうしょうもない。

 まだ、直人への未練はたちきれない。

 でも、助けにきてくれるのは隼人だ。

 キリコだ。

 助けにきて。


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