2.いじめ
読書感想文の事があってから、学校生活が一転した。
悪い方向に、だ。
些細な事で鈴木が私に難癖をつけるようになったのだ。
授業中、難しい問題をわざとあて、答えられず黙っていると、クラスメイト全員に聞こえるように否定的な言葉を言ったり、少し派手なだけの筆記用具を適切ではないと取り上げたりと、様々な事で私を陥れるようになった。
前にも書いたが、鈴木は生徒達に好かれていた。
そのため、生徒達は徐々に大好きな教師のやる事を真似していき、私を酷い言葉で罵るようになった。
私が少しでも普通と異なる事をすると、クラスメイト達はすぐに鈴木に報告をした。
報告受けると、鈴木は生徒を褒めた。
生徒達は鈴木に褒められたいが為に、私の荒探しをするようになった。
鈴木は生徒達から報告を受けると、すぐに私をあの薄暗い生徒指導室に呼び出し叱りつけた。
私を陥れるためのシステムが出来上がってしまっていたのだ。
はじめは本当に自分が悪い事をしてしまったのだと思っていた。
叱りつけられるたびに、治そう、気をつけようと反省した。
しかし次第に、ただでさえ横暴だった呼び出しがエスカレートしていき、この状況に違和感を覚えはじめた。
もしかしてこれは見せしめなのだろうか?
他の生徒達が悪い道に行かない為のいけにえに選ばれてしまったのではないだろうか?
馬鹿だった私でも、そう気がつくのに時間はかからなかった。
何か粗相をやらかすたびに、きまって鈴木は嘲るようにこう言った。
「高田さんのようにならないように、みんなはしっかり勉強しましょうねー!」
この頃には、鈴木を何よりも恐ろしく感じていた。
鈴木の一挙一動に、びくびくと怯えて過ごしていた。
両親に学校の事は何一つ言えなかった。
両親は優しくはあったが少々呑気な所があり、異常である私の字に対しても、大した興味を示さず、言及されなかった程だ。
「自分らしく生きれば、それでいい」
それが口癖だった。そんな両親に、クラスから迫害されているなど言える筈がなかった。
***
私への仕打ちは日に日に残酷さが増していき、やがて完全な苛めへと変わった。
その境の日となったのが、ある日の体育の授業だった。
その日の体育の授業は外で五十メートル走のタイムを計る予定だったが、雨が降っていたため中止になった。
そこで鈴木は生徒たちを体育館へ移動させ、ドッジボールを提案した。
生徒たちはその提案を大喜びで合意し、二チームに分かれドッジボールは高らかな笛の音と共に開始された。
開始すぐ、すさまじいスピードでボールが私目掛けて一直線に飛んできた。
避ける事が出来ず、ボールは勢いよく腹に当たり、私はアウトになった。一人目の外野だった。
ボールは硬いボールを使っていたため、痛かった。もしかしたらアザになっているかもしれないと腹を押さえながら、外野に移動した。
私が外野に移動した直後、再び高らかな笛の音が鳴った。
鈴木による中断の合図だった。
一体どうしたのだろうと人ごとのように考えていたら、鈴木は真っすぐ私の元へ歩み寄り、大きな声で言った。
「どうしてあれぐらいのボールが、高田さんには避けられないの?きっとあなたには、反射神経というものがないんだわ」
クラスメイト達は一斉に冷たい視線を私にあびせた。
集団の前で叱られる事は何度経験しても決して慣れなかった。
恥ずかしさのあまり、今すぐ消えてしまいたかった。
「そうだわ。みんなで高田さんの反射神経を鍛えてあげましょう」
思いついたようにそう言った鈴木の楽しそうな声は、体育館によく響き渡った。
クラスメイト全員に外野に出るように指示をし、ボールを一つずつ持たせた。
嫌な予感がした。心臓がばくばくとうるさかった。
「高田さん。あなたは一人で内野に行って。さあ早く」
鈴木がそう言ってすぐ、誰かに突き飛ばされ内野へ転んだ。
勢いよく転んだため、すぐに立てなかった。
「ありがとう森川くん。高田さんはノロマだから、言われてもすぐに行動しないの。だから、突き飛ばしてくれたのはとても助かったわ」
鈴木に褒められ、森川という男子生徒は嬉しそうに笑っていた。
「みんな! これから、高田さんの反射神経が少しでも良くなるように、ここにいる全員で特訓してあげましょう! 次に笛を鳴らしたら、みんなは一斉に高田さんに向かってボールを投げて! 高田さんはうまく避けるように」
立ち上がる間もなく、笛の音が鳴った。
鳴ってすぐに顔面にボールが激突した。床に倒れこんだ。
ボールは次々と襲いかかってきた。
三十人が一斉に私に向かってボールを投げる。止む事などない。避ける事など不可能に思えた。
これを一つ残らず避ける事ができる人間など存在するのだろうか? きっと優れたプロスポーツ選手でも無理なのではないだろうか?
私は体勢を立て直すことすら出来ず、餌に引っかかった魚のように床で暴れた。
あまりにも理不尽な行為に、涙が出てきた。鼻水も出てきたので、手でぬぐうとそれは赤く、鼻血だった。痛みと情けなさなど、様々な感情が入り混じって頭の中がぐちゃぐちゃだった。
その時の体育の授業は、とても長く感じたのを覚えている。
もしかして永遠に続くのではないだろうか、とぼんやり考えていたら、やっと終わりを告げるチャイムが鳴った。それを合図に、笛の音が高らかに鳴り響く。ボールはやっと止まった。
「みんながこれだけ訓練してあげても、高田さんの反射神経は全然鍛えられませんでしたね。でも、みんなは高田さんと違いますから、自信をもってがんばりましょうね!」
鈴木は、私を貶める言葉で締めくくった。
「高田さん。ボールを片づけておいて頂戴」
私は力なく頷くだけだった。
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