決着

 勇者の剣先がガズハに届いたのを見たシャーナの顔から血の気がさっと引く。

「父上っ」

 よくも、よくも、私の大切な父上にッ!その眼に怒りの炎があがる。剣を捨て、両手で複雑な軌跡を描き、呪文を唱える。全身から魔力が両の手の指先に集まり溢れ、10本の光の矢となって勇者を襲う。勇者の鎧の両脇に刺さった光の矢がはじけ、鎧のつなぎ目部分を破壊、上半身を覆う部分は前後に別れて地に落ちた。


 勇者は鎧が落ちたことも気づかないほど動揺していた。間違いなく剣が届いたはずなのにガズハが平然としているからだ。刃が触れたと思われる個所には白く輝く筋ができている。なんらかの加護が伝説の剣の効果を無効化し防いだとしか考えられない。だが、なぜだ。魔族の守りは効かないのではないのか。今や、鎧から流れ込む力が急減し、体がグラリと平衡感覚を失って倒れそうになるのを、剣を地面に突き立て体を支えた勇者は懸命に事態を把握しようとする。


 ガズハはガズハで驚いていた。剣をさばききれず勇者の剣が自分の腕に触れ、何か禍々しい力が自分の身に襲い掛かろうとするのを感じたが、すぐに何かの力が腕に集まり、その力の奔流を霧散させてしまったのだ。以前から感じていたフワフワした感じは全身から消えている。伝説の剣の力を相殺できるほどの強い加護。しかも魔族ではない誰かのだ。誰だろう? とりあえず、助かった。


「どうやら、勝負あったようだな」

 剣を支えに何とか立っている勇者を見てガズハは声をかけた。勇者は全身を痙攣させ、なんとか立っているのがやっと。口を利く力もないようだ。

「一人で戦うのは立派だが、それは勇者とはいえないな」

 やがて、勇者は力尽きて剣を手放し、ゆっくりと朽木倒しのように倒れる。派手に土ぼこりが舞った。


「父上、ご無事でしたか」

「うん。なんだかわからんけど、助かった」

「本当にようございました」

 駆け寄ってきたシャーナは父の無事な姿を見て、ホッとした表情を見せる。ドゥボローも近づいてきてつぶやく。

「黒竜の鱗で作った盾がこのように。勇者とは本当に恐ろしいものですね。陛下」

「ああ。寿命が縮んだ。明日には死ぬかもな」

「それで、これからどうされます?」

「とりあえずメシ。死ぬほど腹減った」

「父上。何を暢気なことを」

「生きてるからメシ食えるんだよ。だからいいじゃん。まあ、危ないから、こいつだけはどっかやっておくか」

 ガズハは直接触るのはヤバそうだと、大きな流木を使い、伝説の剣を勇者から離れたところに弾き飛ばす。その間に、ドゥボローがまめまめしく食事の支度をしていた。


 石を積み上げ簡単なかまどを作ると大きな鍋に湯を沸かす。濡らした布に包んだカーシャを取り出し茹でる。勇者が気になり目が離せないシャーナをしり目にガズハとドゥボローは準備を終える。

「おい、準備できたぞ」

「父上。勇者はいかがなされるのですか?」

「食べながら考える。じゃ、早速」

 食べ始めたガズハを見て、首を振りつつ自分も手を伸ばすシャーナ。それを見て、ドゥボローも食べ始める。

「ああ。うまい。体動かした後の食事はやっぱりおいしく感じるな。まさに生きてるって感じ」

「陛下のおっしゃるように死んだら食べられませんからね」

「そうそう」

「村の方は大丈夫だったのでしょうか?」

「なにかありゃ、ゲラルドが文字通り飛んでくるだろう。まあ、あいつらが腑抜け騎士団に後れを取るとは思えんね」

 半分ほど食べたところで、ガズハは自分の器にカーシャを一盛り載せて立ち上がった。そのまま勇者に近づいていく。

「父上、なにを?」


 長い失神から目覚めた勇者は状況がつかめずにいた。全身がひどくだるい。青い空に白い雲がゆっくりと流れている。俺は負けた……はず。なのにまだ生きている?

 何かがゆっくり近づいてくる音が聞こえた。全身の力を振り絞って上半身を起こす。重いだけでもはや役に立たない兜を外すと、ゴトリと地面に落ちて転がった。そよ風が髪をなでて過ぎていく。汗で髪が張り付いた顔に当たる風が心地よい。目をやるとガズハが近くに来て立っていた。手には武器ではなく、何かの器を持っている。

「俺の負けだ」

 やっとそれだけを言う。勇者は負けた。いや、もう勇者じゃないな。俺は……、125番。苦しい奴隷生活の中で本当の名前は忘れた。常に腹を空かして食べることだけを考えていた。勇者だと分かったとき、もう飢えなくて済むと思ってうれしかった。実際、腹いっぱい食べることはできたが、心は満たされなかった。誰も俺の名を呼ばない。単に勇者という称号で声をかけるだけだ。魔物を倒す、それだけを求められた兵器。誰も俺の事なんか気にかけはしない。俺は何だ?

「腹は減ってないか?」

 目の前の男、元魔王だとかいうガズハと名乗った男は訳の分からないことを聞いてきた。確かにひどく腹は空いている。だが、なぜ敵の腹具合を聞いてくるのだ?ああ、そうだ。どこの国かは忘れたが、捕虜を処刑する前に最期の食事や酒を与えることがあると聞いたことがある。この男もそういったセンチメンタリストってわけか。まあ、いいだろう。どうせ死ぬなら最期の食事をしてやろうじゃないか。

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