赤き爪ロダン
「良くやったぞ。ワナド。くく、いい女じゃないか。そいつは殺すな」
嫌らしい笑いをしながら騎士団長が叫ぶ。ロダンがやれやれと首を振ると、ワナド達を太く長い矢が貫き、地面に縫い付ける。いくつかの屋根の上から放たれた矢だった。泣きわめくワナド達の声を聞きながら、ロダンは胸の内で感嘆の声をあげる。さすがだぜ、ジジイども、でかい口叩くだけのことはあるな。
「キャシー!」
ロダンの声にキャシーは我に返る。頬を赤くしながら物陰に隠れて拾ったクロスボウを構えた。
「それで? さすがは名だたるエラン騎士団、小細工なしには何もできない雑魚らしいようだな」
ロダンはにやりと笑う。
その挑発に2人の騎士が突っ込んでくるが、ロダンとミストによって血煙に変わった。そこへ、上空からゲラルドの声がかかる。
「ロダン殿、西からトロルが3体接近中」
騎士団に注意をはらいつつ、視線を走らせると森から出たトロルが湖の浅いところに足を踏み入れるところだった。
「こっちは引き受けた。じーさん達とあっちを頼む。途中で柵のところの連中にこいつをプレゼントしてやってくれ」
ロダンはミストに声をかけ、腰に下げた袋の一つをミストに投げ渡す。ミストは右手を挙げて、部下たちについてくるように指示を出すと湖の方に駆けだした。ロダンはもう一つの袋を手に取りながら、
「さて、邪魔者が入ったが続きをやろうぜ」
「ははは。一人で全部さばききれるつもりか。お前さえ抜けばあとは素人ども。いくぞ」
「残念だがそうじゃないんだな」
袋の中のものを自分の前にぶちまける。それが地面に潜り込むとすぐに何かが生えてきた。反り身の長剣と小ぶりの盾を携えた骸骨が数体立ち上がる。
「ガズハ様の名において竜骨戦士に命ずる。保護のチョーカーを身に着けぬ者のすべてを倒せ」
ロダンの声に反応し、骸骨たちは向かってくる騎士団を迎撃する。それをなんとかかいくぐっても待ち受けているのはロダンだ。すでにロダンの爪は赤く染まっている。村の中からはクロスボウが次々と放たれる。教えられた通り、体の大きい馬を狙っているので素人にしては悪くない命中率だった。馬を失って素早く動くことのできない騎士は最早脅威ではない。
ある程度敵の数を減らし、防衛ラインが確立したのを見届けると、ロダンは咆哮をあげて銀狼の姿に変わる。地を駆けて村の外に出るとまだ生き残っている騎士団長を目指す。一人として生かして返すつもりはなかった。
一方、トロールの迎撃に向かったミスト達も難なく敵を倒すことに成功する。浅いとはいえ湖の中では迅速に動くこともままならず、バリスタや大型のクロスボウで一方的に射抜かれ村にたどり着くことなくトロールは倒れる。トロールにとって不幸だったのは、投射兵器の扱いに長けるノトールの精鋭が相手だったことだろう。辺境の村に不釣り合いなバリスタが老人たちの趣味で設置されていようとは思ってもいなかったに違いない。
あっさりとトロールを片付け、ミストはエラン騎士団の別動隊の始末に向かう。別動隊も本体と同様にガズハ謹製の竜骨戦士にまとわりつかれ、柵を越えることができずにいた。ミストは騎手を失ったはぐれ馬に飛び乗ると、エラン騎士団の別動隊に襲い掛かる。
「貴様、人間のくせに魔族に加担するのか!」
「お前たちのようなクズと同じ人間だと思うと恥ずかしくなるな」
ミストは一人また一人と切り捨てていく。痛みも恐れも知らない竜骨戦士も与えられた使命に従い、騎士たちを倒す。なんとか切り結ぶことができていた腕の立つ騎士もクロスボウの射撃を受け、ひるんだところを馬上からを切り落とされた。
こうして、ワノルード湖畔の戦いはエラン騎士団側の全滅で終わる。対する村側の損害は軽症者数名。村を襲い焼き討ちしてガズハの動揺を誘うという意図は全く果たせない結果となった。
そんなことを知る由もない勇者は、失望を胸に剣を振るい続けていた。まさか、自分は最初から捨て駒とされていたのか? そんな疑問も浮かぶ。見下したような騎士団の面々の顔を思い出し、あながちあり得ぬ話ではないなと考える。そのように考えながらも、剣の動きは止まらない。鎧から流れ込む不思議な力に突き動かされて戦いを続けていた。その鎧も戦いを始めた頃とは大きく形を変えている。右肩から先はすでに外れ落ち、胴にも無数の傷がついていた。
それに引き換え、勇者はまだ決定的な一打を与えられずにいる。リザードマンの掲げる大盾は上側にV字の切れ込みが入り、それ以外の縁もいくつか欠けた部分ができていた。それでも、残された部分を使って、勇者が繰り出す剣を受け止め続けている。そして、3人とも疲労の色が見えるものの、まだその動きに乱れはない。
勇者は勝負を急ぐ。自分の体力の限界を感じ始めていた。鎧の加護の力を失えばもうほとんど動くことはできないだろう。一人倒せれば、三位一体の防御を崩せればまだチャンスはある。自分を奮い立たせ、ガズハに肉薄し、剣を突き出す。横合いからまたリザードマンが盾を掲げ割り込もうとするのを察した勇者は剣を突き出した姿勢のまま、体ごとぶつかるようにしてジャンプし、そのまま盾に剣先をねじ込んだ。
ガキッという音と共に盾の上半分の残りが砕け散る。さらにもう一歩踏み込んで盾の上側の線にそって横に剣を振るう。これでリザードマンに傷を負わせられる、と喜んだ刹那、ガズハが剣で受け止め、刃を滑らしその力を逃がそうとした。勇者は後方からの魔法が鎧に当たるのを感じながら敢えて無視をする。剣の大きさと重さを利用して受け流そうとするガズハの動きに抗い、勇者はその剣先をガズハの腕に当てることに成功した。
勝った。伝説の剣の力は触れただけで魔族の身に破滅的な効果を及ぼす。肉が裂け血が噴き出し、少なくとも片手は使えなくなるはず。顔をしかめて跳び退るガズハを見た勇者の顔は喜びに輝く。
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