決戦

 勇者が少し離れたところで馬を降り、3人に向かって正対する。報告にあったように体つきは大きくないが、肩や腕、脚などはがっしりとしていた。背中に巨大な剣を差し、身は銀色に輝く鎧で覆う。兜の中に見える顔には表情が乏しい。まるで、魔法仕掛けの人形のようであった。


「俺はガズハ。勇者だよな?」

 そう呼びかけても返事がない。何も聞こえていないかのように佇んでいる。

「なんだよー。返事ぐらいしたっていいじゃない? 少し話がしたかったのに。じゃあ仕方ないな。これにものを言わせますか」

 そう言って、ガズハは腰の剣を抜く。刀身からにぶい光があふれだした。それを見て、勇者は背中に手を回し、巨大な剣を身の前に構える。勇者の剣からも同じように力強いうねりが発散された。勇者の乗馬が驚いたようにどこかに向かって駆け去る。それを合図に戦いの火ぶたが切って落とされた。


 ガズハは片手で剣を握ったまま、呪文を唱える。その横に青白い炎をまとった妖艶な女性が現れた。火炎魔人はガズハに向かって、そっと唇をすぼめ、切なそうな表情をひらめかせると姿を消す。次の瞬間、勇者は荒れ狂う火炎の嵐の真っただ中にいた。嵐が消えると先ほどとまったく変わらぬ姿で勇者は立っている。

 ガズハは口笛を吹いた。

「やれやれ。泣けるね」


 勇者は、剣を後ろに大きく振りかぶると横殴りに払う。剣から円弧状の光の刃が現れガズハを襲った。刃が飛んでくるのを見たガズハは大きくジャンプし、それをかわす。背後でドンという衝撃音と共に水しぶきが高く舞い上がる。空中のガズハに向かって、勇者は地を蹴ると肉薄して、剣を振り下ろそうとしたが、それを大きな盾が遮った。

 勇者はそのまま盾ごと真っ二つにと切り付けるが、その一撃は、盾に防がれてしまう。盾ごとドゥボローは弾き飛ばされるが、それをよけてガズハがその剣を目にもとまらぬ速さで繰り出す。勇者は下がりながら、巨大な剣を巧みに操り、その攻撃をすべて受けようとする。カン、キン。甲高い金属音が響き渡った。

 そこへ、勇者の後方から光の矢が襲い、鎧に突き立った。矢はしばらく鎧を貫通しようと頑張ったが、数瞬の後、霧散する。ただ、鎧の左肩には小さいとはいえ表面に傷ができていた。勇者は大きく後ろに飛び間合いを取る。


 勇者は鎧に傷がついたのを感じて驚いていた。目の前の3人は明らかに接近戦を得意とする戦士タイプのはず。あの若い女性の姿をした魔物が放った魔法が傷をつけたのだろうか? 魔族に対しては圧倒的な防御力を誇るはずの鎧がなぜ傷つく?より高位の魔法を駆使する吸血鬼と相対した時ですら、全く傷かつかなかったというのに……。ならば先にあの女を倒すか。

 標的をシャーナに切り替えて肉薄し、凄まじい勢いで巨剣を左右から振り下ろすが、ちょこまかと後ろに下がって、あと少しで剣が届かない。ブルネットの髪が数本、切り離されて散る。勇者は振り下ろす剣の軌道を変え、渾身の力で突きを繰り出す。驚愕の表情を浮かべた女に届くかと思った瞬間、巨大な盾が間に割って入り、受け止めた。

 この盾もおかしい。表面に傷こそつくが、この伝説の剣であれば、魔物の盾など紙のように切り裂くはずだ。それが、勇者の攻撃を受け止めている。2度も防がれて、先ほど盾が壊れなかったのは単なる偶然ではないことが知れた。

「よくもやったわね」

 盾の後ろから飛び出した女の剣が勇者の顔を狙って突き出される。それを左腕をあげて受けると鎧が火花をあげた。

 盾を構えたリザードマンは専守防衛、まったく攻撃を仕掛けてこない。他の2人に攻撃を加えようとするとそれを防ぐだけだ。それに追撃を加えようとすれば、残りの2人の攻撃が勇者を襲う。まったく忌々しい連中だった。2人だけなら隙を見出せそうだが、3人が息を合わせて連携し、まったく隙を見いだせない。大ぶりの剣を振り回すことによって、少しずつ疲労が蓄積していく。勇者は3人から距離をとって、遠くのワノルード湖の滝の方に目をやった。まだか?


 その姿を見て、ガズハが告げる。さすがにその息は弾んでいた。

「我が村に火の手が上がるのを待っているのか?」

「な……」

 衝撃のあまり勇者の口から声が漏れる。

「無駄だ。村には我が爪と牙を置いてきた。騎士団に備えるためにな」

 勇者の顔が強張る。完全に手の内を読んでいるというのか。


 勇者とガズハが顔を合わせたのと同時刻、ガズハの村の北側の林の中で、エラン騎士団の団長が部下たちに言い渡す。

「抵抗する者は皆殺せ。人間だろうが魔物だろうが構わん。魔王に与する連中だ。たんまりと宝物があるって話で、それを運ぶだけで大変な手間だし、下手に捕えても連れて帰るのが面倒だからな」

「それももったいねえような気がしますがね」

「気に入ったのがいれば好きにするがいいさ。だが、ある程度は宝物を国王陛下に納めなきゃならないことを忘れるな。主な目標は宝の確保。では、突撃」

 その命令と共に麾下の騎士が一斉に動き出す。


「来たぞ。数およそ300。迎撃準備」


 村まで近づいた騎士団は林の中に何本も木が倒れていて、それを抜けるのに手間取っていた。林を抜けた先の耕地に出て再度疾走を開始しようとするが、村の手前に空堀があり、村をぐるりと逆茂木が巡らしてあるのに気づく。

「ちっ。小癪なまねを。200は俺と一緒に左手にある門を目指せ。残り100は直進し、柵をどけて侵入しろ」

 騎士団長以下200騎が門に殺到すると、逞しい体つきの男と完全武装した機敏そうな戦士が待ち構えていた。

「ようこそ、ハイエナども。わざわざ死にに来るとはな。我が主に代わり歓迎するぞ」

「あいつは赤き爪のロダン!なぜ貴様が」

 騎士団員たちに動揺が走る。

「そんな恥ずかしい二つ名やめてくれ。まだ赤く濡れちゃいない」

 ロダンが両手の爪を伸ばしながらあざ笑う。

「まあ、すぐにそうなるだろうけどな。我が主は勇者討伐に俺は不要だとさ。仕方ないんで、ここでの略奪・暴行を想像して頭の中お花畑状態のお前らで代用しようってわけだ」

 前に歩を進めようとするロダンに声がかかる。

「動くな。動けばこいつの命はないぞ」

 声の方を振り返ると、キャシーの手からクロスボウが滑り落ちるところだった。その右手をとらえ、短剣を突き付けているのは、ワナド。その周りに4人の男が集まる。

 

 


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