迎撃作戦
「ということでだね。明日、俺はワノ川を越えて、勇者を迎撃する。あそこなら広いし、遠慮せず戦えるだろう」
あっさりとガズハは宣言する。
「陛下。では、私もお側に」
「うん、頼む。シャーナも一緒ね。3人でがんばろー」
「父上。お任せください。必ずやご期待に応えてみせます」
緊張した面持ちでシャーナが答える。
「ガズハ様。それでは私は留守番ですか」
「そんな不満そうな顔すんなよ。ロダン、お前はこの村の防衛指揮官やるの」
「しかし……」
「ほら、これ渡しておくから」
ガズハがかなりの大きさの革袋を渡す。
「言うこと聞かないとなあ。一晩中モフモフの刑だぞ」
しぶしぶ、ロダンは了承する。
「こんな時にお聞きすることではないかもしれませんが、イエナはどうなるのでしょう?」
「戦いが終わるまで牢の中に居てもらう。その方が安全だ。まあ、厳しい処分はするつもりはないよ。これでもう心置きなく出陣できる?」
「はい」
「よし。じゃあ各自準備をして、今日はゆっくり休め。あ、ロダンは一緒に来て。ミストと最後のすり合わせすっから」
「昨夜は不寝番ご苦労だった」
「いえ。たいしたことではありません。特に問題はありませんでした」
「明日に備えてゆっくり休んでおいて欲しいのだが、その前に」
ガズハはミストに何やら耳打ちする。ミストはにっこりと笑いながら、
「お見込みの通りでしょう。気を付けておきます。セーヌ小隊の活躍ご期待ください」
懐かしい名にガズハの顔もほころぶ。
「我が妃とそなたが鍛えた兵だ。だからこそ、安心して背後を任せられる」
翌朝十分に日が昇る頃、出立の支度を終えたガズハ達の前に、ゲラルドが報告に現れる。勇者が単騎でルード川を越えてこちらに向かいつつあることを告げる。
「ゲラルド殿。ご苦労であった。少し休まれよ」
ゲラルドが下がると、ガズハはロダンの方を向き、
「じゃ、行ってくるわ。留守番よろしく」
「残念ですが、私はこちらで我慢しますよ」
ロダンはにやりと笑う。ガズハも笑顔を返すと、背を向け、2人の供を連れて跳んだ。
次の瞬間、3人はルノ川の左岸、つまりエラン王国に近い側の川岸に居た。
「ところで、ドゥボロー、その大きな荷物はなんだ?」
シャーナが大きな包みを見て質問する。
「何か対勇者の秘密兵器でも入っているのか?」
「シャーナ様。これは本日の昼食でございます」
「は?ドゥボロー。今日は遊びできているんじゃないんだぞ」
「いいんだよ。俺が頼んだ。なんかさあ、勇者と戦ったらすげー腹減りそうじゃん。たまには外で食べるのもいいかなあって思って」
「父上まで。さすがに暢気すぎませんか?」
「なんだ。俺じゃ勇者に勝てないと思ってるの?」
「そんなことはありませんが、常日頃、勇者の恐ろしさをおっしゃっていたではありませんか?」
「そう。勇者は本当に恐ろしい。それで、25年間、俺は死なないための布石を全力で打ってきた。積み上げてきたモンが違うんだ。覚醒したばかりの勇者なんぞには負けねえ。クソ神の加護ったって、神そのものじゃねえんだ。俺が勝つ」
自身満々で言い放つガズハを見て、何度も頷くドゥボロー。
「なんか力んだら、お腹痛くなってきた。ちょっと失礼」
そう言って、茂みの中に消えていく。しばらくして、晴れ晴れとした顔で戻ってきたガズハは川の水で手を洗う。
「これで準備よし」
「さすがは陛下。まったくいつもとお変わりありません」
「ドゥボロー。いまの行為に感心するところがあったか?」
「はい。もちろんです。シャーナ様。緊張していてはできないのでございますよ。陛下はいつも通り日常の行動を為される。つまり、勇者を前にして心は平らか、全く気負いもないということでございます。私などは緊張のあまりとてもそんな余裕はございません」
ドゥボローが常になく饒舌なのもつまりはそういうことか。私はどうなのだろうとシャーナは自問する。一番大切な時に父上の側にいられる。しかも、共に剣を振るえるというのだ。これは喜んでいいシチュエーションなのではなかろうか。
「じゃ、もうすぐ勇者がくると思うから、作戦の確認ね」
2人の注意を引けたことを確認してガズハは続ける。
「勇者はなるべく倒さない。疲れに疲れさせて、電池切れを狙う作戦だ。電池切れって何かって? 知らん。体力を使い果たす状態のことらしいんだがな。ちょっと言ってみたかっただけだ、気にすんな」
さすがは色々なことをご存知だと感心してそうなドゥボローを見て、父上に心酔しすぎ、美化しすぎなんじゃないかと思うシャーナ。私はあるがままの父上が好きだっ。動く巨大災害こと勇者の接近を前にそんなことを考えているシャーナもたいがいである。傍目に見れば似た者同士なのであった。
「まあ、防御ばかりというわけにはいかないから適当に攻撃してね。どうせクソ神の加護で効きゃしないから遠慮はしなくて大丈夫。反撃だけには気を付けること」
しばらくすると馬上の男が見えてくる。運命の時を迎えようとしていた。
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