深夜の騒ぎ
イエナが村に来て、5日後の夜、村の共用食糧庫で騒ぎがあった。急報が入り、ガズハが現場に向かうと、村人が取り囲む中に、イエナとミスト、それに1人の人間がいる。
「一体なんの騒ぎだ?」
「夜中にこの娘が抜け出しましたんで、おかしいと思って追いかけたら、食糧庫に入っていこうとしていたんで」
「お前は?」
「新しく住み始めましたワナドといいます」
「そうか。話の続きを」
「なにか様子がおかしいので声をかけようとしたところ、こちらの方が」
「ガズハ殿。続きは私がお話いたします。その状況で私が割って入りました。調べたところ、これを所持していました。この短剣はワナドが、こちらの小瓶はイエナが身に着けていたものです」
ミストが二つの物をガズハに差し出す。短剣はありふれたもの。小瓶の中には白い粉が詰まっている。ガズハが月明かりに小瓶をかざしていると、
「魔力による探知によれば、中身はアヌルガヒスの粉末です」
その発言に周りのものたちから、動揺の声が漏れる。昼なお暗い森の奥にひっそりと生えるキノコ、アヌルガヒスはその羽のような美しい姿に反して猛毒で知られていた。触れただけで火傷したような傷ができ長い間苦しむことになる。間違って食べようものなら痙攣し、呼吸ができなくなり苦しみぬいて死ぬ。
きちんと栓がされていることを確認するとガズハはそれを腰に下げた革袋にしまい、イエナの方を向いた。住民たちが掲げる松明の火に照らされていても、イエナの顔が蒼白となりガタガタ震えているのが分かった。
「わ、わたし、知らなかったんです。ほ、ほん、とうです」
小さな声で言うイエナを見据え、ガズハは口を開く。
「気の毒だが知らぬではすまぬ。とりあえず今夜は牢へ。すまぬが事故がおこらぬようミスト殿、不寝番お願いできるかな」
「承知いたしました」
村人たちの複雑な視線を浴びながら、イエナはミストに連れられて行く。
「ワナドよ、良く気づいたな。改めて褒美はとらす」
「はは。ありがとうございます」
頭を下げるワナドはうれしそうに頬を緩めた。
「で、この短剣は?」
「護身用でさ。夜ですしね。お守り代わりに」
その返事に頷いて、ガズハはワナドに短剣を返す。
「皆の者。騒がせたがこれでとりあえずは片付いた。夜も更けたことであるし、今日のところは休むがいい」
その声に集まっていた村人たちも散っていった。
「父上」
「あとにしろ」
話しかけてくるシャーナを制してガズハも家に向かう。
家に帰るなり、シャーナが再びガズハに声をかける。
「あの娘、イエナをいかがされるおつもりか?あのような幼い子を牢に入れるとは」
「んー。じゃあ、逆にシャーナならどうする?」
「それは、詳しく事情を聞いたうえで」
「だよな。だから牢に入れた。あのままだとさ、みんなショックが大きいから冷静な判断できないと思うんだよね。アヌルガヒスはインパクトありすぎだからさ」
「しかし、牢というのは少し厳しすぎませぬか」
「そうでもしなきゃ血の気の多いのが吊るせとか言い出しかねないだろ。自分たちが殺されかけたんだからさ。まあ、ミストが付いていてくれるし、また明日にしよう」
翌朝、シャーナは父親の顔色を伺いながら食事をする。今朝はガズハが作ったカーシャだ。
「どう?今日の味?」
「いつも通りいい味だと思います。父上」
「まーた、適当なこと言っちゃって。気もそぞろで味なんて分からないって顔してるくせに」
「今日はいつもより、ちと味が落ちる気がしますな」
遠慮のないロダンが言う。
「やっぱりそう思う? 俺も修行が足りんよな。勇者がもうすぐ来ると思うと平静さが保てんのよ。それが雑味になっちゃうんだろな。参った、参った」
がっかりした顔をするガズハ。自分の考えに気を取られていたシャーナが発言内容に気づく。
「父上。勇者がここへ来るとおっしゃいましたか?」
「うん。来るね。近いうちに」
「なぜ、断言できるのです?」
「それしか現魔王さまが生き延びるすべがないからさ。あいつも生き延びるために必死だろうし」
いきなり、ビジャの話をし始めた父にシャーナは訳が分からないという顔を向ける。
「ビジャは俺が勇者に勝つかもしれないと思ってる。だから、俺を少しでも弱らせるようにイエナを送り込んできた」
「さっぱり、おっしゃってる意味が分かりません」
「勇者がカウォーンを目指した場合、ビジャはそこで応戦すれば死ぬし、逃げても社会的に死ぬ。魔王なのに自分の身の安全を図ったってね。一方、この村が先に狙われれば、最低でも勇者も傷つくし、俺たちが死ねば、魔と人間のバランスが一気に崩れる。ビジャにも勝ち目が出てくるんだよ」
「ただ、もし、ガズハ様が勝つようなことにでもなれば、やはり魔王にふさわしいのは2度も勇者を撃退したガズハ様となり、やはり地位を追われることになると」
「勇者をこっちに送り込んだことを俺に問い詰められることにもなるしな」
シャーナの顔に理解が広がる。
「つまり、ビジャ殿が勇者をこちらに送り込むよう裏で糸を引いていて、その仕上げの為の攪乱のためにあの子を送り込んできたということですか?」
「そういうこと。で、その時期も近いだろうってことさ」
「しかし、どうやって勇者の行先をコントロールするというのですか?」
「ここで問題です。エラン王国のズパーゼ国王は、名前の通りケチで貪欲です。当然、取り巻きの連中も金品には弱いです。さて、魔界の富は元魔王が抱え込んでいると取り巻き連中に吹き込んだらどうなるでしょう?てなところだろうな」
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