間諜

 広場に行くと100人ほど集まっていた。女子供が多い。先日、シャーナが朝食を作るのを手伝ってもらったアンナとキャシーの姿も見える。今日は接近戦に向かないものが身を守るための訓練だ。

 20人ぐらいずつに分かれ、老兵達の手ほどきを受けながら的に向かってクロスボウを撃つ練習をしている。老兵達は亡き母の部隊に居たベテラン達の生き残りだ。もう70歳を超えるのも居るというのに元気がいい。

「慌てて撃ってはだめじゃ。2発目を撃つ時間はない。慎重に狙ってな。お前さん方は素人じゃ、急所を狙うことはない。身体の真ん中を狙え。ずれてもどこかにはあたるはずじゃ」

 シャーナの姿を見かけると挨拶がわりの声を放つ。

「おお、シャーナ様。ますます母上そっくりになられてきましたな。お顔を拝して、墓に片足を突っ込んでいるわしらも元気が湧いてきますわい。これ、引き金を引く指に力をいれてはいかんと言うておるに」


 ひとしきり動かぬ的に向かって練習した後に、シャーナが盾を構えて動くのを的に練習をする。やはり動く的にはうまく当てられぬ者もいるが、幾人かは盾に当てることができた。矢じりの代わりに柔らかな樹皮を固めたものを付けた矢が、盾に弾かれて落ちる。シャーナが全力で回避しては練習にならないので、それなりに手加減が必要だ。

 練習が終わると老兵たちはシャーナの側に寄ってきて口々に尋ねる。

「わしらの受け持ち場所は決まったかの?」

「シャーナ様の指揮下じゃろ?」

「腕が鳴るのう。楽しみじゃ」


「まだ決まっていないが、恐らく私とは離れた場所になると思う」

「なんと、我らの腕が信用ならんと申されるか」

「そうではない。直に指揮せずとも動ける貴重なベテラン戦力だからな。第2戦線を任せられるのは他におるまい」

「そう言われては従うしかあるまいのう。しかし、シャーナ様のお側で戦いたかったが……」

「なんじゃ、シャーナ様にああまで言われてまだ未練があるのか?」

「そりゃそうよ。姫様を守って戦うのは男のロマンじゃ。お主もそうであろう。隠すな、隠すな」

「確かにそうじゃな。まあ、姫様、我ら死にぞこないですが安心してお任せあれ」

「ああ、頼むぞ」


 こうして、緊張が高まる中、魔都カウォーンからの避難組数百人が到着する。ロダンやドゥボローが誘導し、新たに拡張した村の北側のエリアに手際よく収容した。新たな住人にもチョーカーを支給する。あまり裕福でない下層の者が中心で急造して手狭な家にも文句は出なかった。

 そして、その翌日、鷹人の1人から急報が入る。南方から何者かが北上しており、それを亜人族の部隊が追いかけているとのことだった。念のため、ロダンを派遣した翌日、ロダンは仔馬に乗った1人の人間の少女を伴って帰ってくる。


「ガズハ様の私領にまで踏み込んできましたので、追手は追い返しました。逃げていたのは……」

「イエナと言います。ここに置いてもらえないでしょうか。何でもします」

「昨年来の人間狩りで捕まって働かされていたそうです。隙を見て逃げていたんですな」

「そうか。大変だったな。まあ、ゆっくり休むがいい」

「ありがとうございます」

 シャーナに労わられながら、何度もガズハの方を見て頭を下げて去って行くイエナを見て、ガズハはつぶやく。

「かわいそうにな」


 その夜、ガズハをミストが訪ねてきた。

「おお、珍しいな。まあ、入ってくれ」

 ミストはシャーナの剣の師匠でもあり、ガズハとの因縁浅からぬこともあって、他の村人のようなガズハへの遠慮はない。ただ、シーリアが亡くなる前に比べると訪問回数は格段に減っていた。

「ガズハ様。イエナとかいう女の子。あれは間諜です。お気を付けください」

「やっぱり」

「お気づきでしたか」

「先生も父上も何を言っておられるのです?あのようなまだ小さな子が間諜だなどと」

「シャーナ様。今までにカウォーンより無事逃げてきた者がおりましたか?」

「いや、おらぬが」

「あのような幼い子が逃げ出せるのが不自然ですし、しゃべる内容もしっかりしすぎています。まるで、事前に練習してきたように」

 ミストの冷静な指摘にシャーナは沈黙する。

「誰の命令で、何が目的と思う?」

「それは分かりません。為せることはたかが知れているとは思います。本人も恐らくは知らされていないでしょう」

「じゃ、どうする?きっと逃げた奴隷を返せ、って言ってくると思うけど、そのとき返しちゃう?」

「それではガズハ様への信頼が薄れることになります」

「だよねー。受け入れた時点で負け確定なんだよな。まーったく面倒なこと考え付くよ。まあ、たいしたことはできないだろう。しばらく様子見かな。ミスト殿、助かった」

「いえ、先刻お見通しのことをわざわざ言い立てるなど、お手を煩わせ申し訳ありません」

「いんや。今回はたまたまだよ。偽装潜入のスペシャリストがいて助かる。また、何かあったらよろしく頼む」


 ミストが出て行くと、シャーナが表情を曇らせる。

「あのような企みに気が付かず、自分の不明が恥ずかしくなります」

「それが経験の差さ。気にすんな。お前の年で見破れたらその方が恐ろしい」

「はい。以後気を付けます」

「とりあえず、イエナには今まで通り優しく接していればいい。ただ、背後には常に気を付けろよ」





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