懊悩

 翌朝シャーナが目を覚ますと表に何やらいつもと違う気配がした。手早く身支度して剣を身に着けると表に出る。外にはロダンと見慣れぬ男女が5人いた。寛いだ感じで話しており、シャーナも緊張を解く。

「シャーナ様。以前よりお話をしていた鷹人のゲラルド殿が到着されました」

 身軽そうな感じの男が頭を下げる。

「初めてお目にかかります。シャーナ王女。私はゲラルド。一族の者と共にご助力に参りました」

「シャーナでいい。ゲラルド殿、ご助力感謝する」

「それで、ガズハ様は?」

「ああ、こんなところで立ち話もないだろう。中に入ってくれ。父上に声をかけてくる」


 扉をノックしガズハの部屋に入る。

「父上、鷹人のゲラルド殿が見えられてますが」

 ベッドの上で上半身を起こして眠そうな顔のガズハが返事をする。

「なんか飲みすぎたみたい。あんまり大きな声出さないで」

「父上、しゃんとなさってください。ゲラルド殿がお待ちです」

「分かった。すぐ行くから。あ、あたまがわれそ……」

 シャーナはテーブルの上の壺から水を汲み、父に差し出す。それを焦点の定まらぬ目で受け取ったガズハの手が一瞬シャーナに触れる。受け取った水を飲み干すと、

「着替えてすぐ行く。それまで間を持たせてて」

「はい」


 客間に戻り、シャーナが客人たちと話をしていると、ガズハがやってきた。さすがに先ほどの醜態のかけらも感じさせない。村の上空を警戒する手はずについて打ち合わせを済ませると、ロダンがゲラルド達に村の様子を案内しに出て行った。すると、

「おえ。きもちわる」

「父上……」

 シャーナは厨房から大きめの瓶に水を入れ、ガズハの前に置く。

「全部飲んでください。私は村人に鷹人について話をしてきます」

「よろじくぅ」

 シャーナは要領よく、村人にゲラルド達について話をしていく。特に射手たちには丁寧に説明し、識別用の魔具を渡す。誤射はあってはならなかった。


 家に戻り、朝食を取りながら、シャーナが多少顔色の良くなったガズハに問いただす。

「父上。昨夜はどれだけ飲まれたのですか?」

「うーん。もうゆるして」

「ロダンも父上の相手はほどほどにしてもらわないと」

 夫婦のような会話を内心ニヤニヤしながら聞いていたロダンは自分が標的になったことに気づき慌てて言う。

「いや。シャーナ様が休まれてから、我らはそれほどせずに寝たよな。ドゥボロー?」

「はい。その通りでございます」

「ということは、部屋で一人でさらに飲まれたのですねっ!」

「あああ。声が大きい。だってさ。勇者のこと考えてたら寝付けないんだもん。しょーがないじゃん」

 勇者の名前が出て多少は矛先を緩めるが、

「とはいえ、今朝、勇者が攻めてきたらどうされます。二日酔いで討たれたりすれば不名誉な名、万代残りますぞ」

「もうしません。もうしません。だから、シャーナもういいよな。俺もうちょっと寝てる」

「父上!」

 ガズハはよたよたと自室に入り扉を閉めた。


「ガズハ様もあそこまでひどい二日酔いは初めてでしょう。やはり、思うところがあるのですな」

「しかし、あの姿は少々幻滅するな」

「シャーナ様、さすがに此度のこと、陛下も悩まれるのは仕方ありますまい。そもそも、私などが評するのも恐れ多い事ながら、陛下は本質的には頭のいい方でございます。それゆえにお悩みも深いかと」

「あの父上がか?それはないない」

 手のひらを左右に振って言下に否定する。

「確かに父上は強い。剣の腕も魔法の力も。ただ、頭がいいというのは……なあ?」

 視線を向けられたロダンは、あえて口をつぐんだままドゥボローの次のセリフを待つ。

「陛下はずっとお悩みです。魔王としてあるべき姿とご自身が生き残る術と、考えに考えて生きてこられました。その時はベストだと考えて為したことが、10数年後自らを縛ることになろうとも」

 一旦、言葉を切り、逡巡したあとに言葉を続ける。

「魔王の座を追われてすぐの頃、空を飛ぶ鳥を見て、陛下は『いいなあ』とおっしゃいました。陛下にはもう魔王としての責任がありません。本来であれば、はるか西に逃れてもいいのです」

 シャーナはその言葉の続きを想像する。だが、それはできないのだと。そうした場合、この村の住人、今や数千人を超えた者たちが路頭に迷う。勇者が勝とうが負けようが、迫害を受けることになるだろう。ようやく、シャーナは父の悩みの一端を見た気がした。勇者から逃げるというおそらく最善の手を封じられた状態で、勇者の覚醒を迎えてしまったのだ。

 そして、ドゥボローが父の考えや悩みの深いところまで洞察していることに驚く。リザードマンは種族としてはそれほど賢い方ではない。むしろ頭は弱いと言ってもいいだろう。それなのに……、表情に驚きが広がる。


「つまらぬことを申し上げました。お忘れください」

 しんみりした空気を和らげるようにロダンが言う。

「まあ、あの酔っ払いが下した決断に俺らは従えばいい。俺は頭を使うより、こっちの方がいい」

 そう言って、逞しい腕を曲げて力こぶを作る。

「俺は村の拡張予定地の作業に戻る。さぼってる奴の分まで働かないとな」

「そうだ。私も自衛訓練の指揮にいかねば」

 シャーナも立ち上がる。ガズハが自由に動けるために、この村の住民たちもある程度は自衛できるようになっていなければならない。

 慌ただしく出かける2人を見送り、ドゥボローも自分の仕事に戻った。



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