報告
「で、名前は?」
「それが、分からないのです」
「分からない?」
「はい。元は125番と呼ばれていたそうです。覚醒してからは、ただ、勇者とだけ。一応奴隷の身分からは解放らしいですが」
「はあ、ひでー話だな……」
ガズハは首を振る。
「まあ、俺なんぞが同情する話じゃないが、そんな相手だと交渉は難しそうだなあ」
「交渉……ですか?父上?」
「うん。ほどほどのところで戦闘行為をやめない?ってね。欲深な性格で快楽主義者とかだったら話は楽だったんだがなあ」
「エラン第2の都市を預かるスミウォル伯オバールのようなタイプですな」
オバールは金銀財宝を集めるのが大好きで住民からの取り立ても厳しいので有名だった。村にもその取り立ての厳しさから逃れるために逃亡した末、流れ着いたものも居る。
「買収するのですか?」
「そうそう。それで大人しくしてくれるなら楽でいいよ。まあ、今回はその手は使えない」
いかにも残念そうに言う。
「まあ、前回の勇者みたいに我こそ正義、悪は死ね、みたいなのよりはまだましだけどさ」
「で、”穴”の中にはどれくらいの数の魔物がいたの?」
「正確なところは分かりませんが、20年分ですので、それなりの数ではあったと思われます」
”穴”というのは、エラン王国の首都エランにある地下牢で、はぐれものや捕らえた魔族や魔物を放り込んである。普段は、罪人などを丸腰で潜らせるという悪趣味な処刑に使われていた。
「いや、本当に趣味悪いよなあ。やだやだ。いくら加護があるからってろくに訓練もせず肌で覚えろなんて、勇者も性格ねじ曲がるんじゃないか?」
「随分と勇者のことを気にかけられるのですね」
「そりゃそーよ、20年間待ち焦がれた運命の相手だもの」
「あ、そうだ。バハんとこの部隊が全滅したというのは?」
「スミウォルからエラン王ズパーゼへの献上品と称する輸送隊におびき寄せられ、襲撃したところ、荷車の中にいた勇者にことごとく……」
「へえ、そんな小細工考え付く頭のあるやつがいるんだな。それは気を付けないと」
「私がカウォーンで聞いた話とも一致しますな。一人だけ難を逃れた者がおり、その者の急報で勇者の覚醒が知れたと」
「そういや、前から気になってたんだけど、良く勇者って分かったな」
「伝説の剣と鎧を身に着けていたからでは?」
「あのドケチなズパーゼが良く勇者に伝説の武具与えたな」
「代金後払いで貸したそうにございます。なんでも相当な金額とかで兵士たちも、ありゃ死ぬまでに帰すのは無理だなと噂しているそうで」
「せこっ!なんか本気で勇者に同情してやりたくなってきた。そうだ。勇者には何人サポートがつけられている?あ、わかったぞ。ゼロだな」
「ご明察です」
「基本路線は前回と一緒か。勇者が殺し、騎士団が奪う。やっぱ、エランだけは潰しておいた方が良かった気がしてきたな。まあ、それは言っても仕方ない。シャーナ、この短い間に良く調べたな」
「お褒めに預かり恐縮です。お役に立てましたでしょうか?」
「おう。もちろん。まだ未知数のことが多いが、だいぶ目鼻がついてきた。あとはビジャがどう出るかだな」
「では、それまでは待機ということで」
「それでいいよ」
報告を終え、自室に下がったシャーナは扉を閉めるなり、表情が蕩けた。うふ、父上に褒められちゃった。でへへ。ベッドに身を投げ出し身もだえする。日が落ち夜が更けるにしたがって魅了の力は強くなる。
「ああ、父上。どうしてあなたは父上なの?」
そんなことをつぶやき、自作のガズハちゃん人形を隠し場所から取り出して抱きしめた。あまり、針仕事は得意ではないので、言われれば似てるかなー、という出来具合だが、ガズハの髪の毛が3本縫い込んであるのがポイントである。人形の目を見つめながら、シャーナは誓う。父上のことは私が命に代えても守ります。勇者ごときに指1本触れさせません。
そして、人形を抱きしめながら、父の横で一緒に戦う幸せな夢の中へと落ちて行った。
その頃、ガズハはロダンとドゥボロー相手に酒を飲みながらまだくだを巻いていた。
「なんかさあ。ここんとこ、ふわあっとした魔力みたいなの感じるんだよね。嫌な感じはしないんだけど」
「少し疲れているのでしょう。珍しくまじめに働いているせいでは?」
「もうちょっと前からなんだよなあ。そうだ、補助魔法の支援を受けてる感じに近いな」
「受け入れる意図なしに陛下に効果を及ぼせるとなると、相手はかなりの実力者かもしれませんね」
「そうなんだよなあ。お、そうだ。ドゥボロー、シーツ代えてくれたのな。あんがとさん」
「いえ。シャーナ様が天気がいいからとおっしゃいまして」
「お、あいつもそんな気遣いを。うれしいねえ。とーさん涙」
「それで、先ほどの魔力の話、少し調べますか?」
「うーん。勇者のこと気にしすぎて過敏になってるだけかもしらんしな。もう少し様子見るか。自分で言い出しておいてアレだが。それより、
「おそらく、大丈夫かと。父が動いておりますので、もう少々お待ちを」
「そうか。カナンには悪いことしたな。お前を預かってるからいつまでも引退できんし」
「お心遣い頂き恐縮ですが、あれで、結構楽しんでいるようです」
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