戦いの流儀

 ミストの家の裏手はちょっとした広場になっている。お互いに刃先をつぶした訓練用の剣を持って中に入った。2メートルほど先を歩いていたミストは片足を軸にくるりと半回転すると地面をけり斬撃を送り込んでくる。シャーナは自分の剣を下から回転させながら、相手の剣先を払い、左側に飛ぶ。

 ミストは正面に剣を構えながら、

「結構です。常に油断をされませぬよう。不意打ちは初撃をかわせればそれだけで相手に対して心理的に優位に立てます」

 そこから、右、左と大振りに剣を振りかぶって連続で打ち下ろす。その勢いを見たシャーナは剣を合わせず、細かなバックステップを繰り返し、刃先のギリギリの線でかわしながら、相手の体が伸びた瞬間を狙い、剣とは反対側の相手の脇腹を狙って体ごと飛び込み突きを放つ。と見せかけて、相手が避けようとしてできた空間を走り抜ける。走りながら左手で空中に印を切って呪文を唱えると振り返り、指先から光の矢を放つ。その矢をミストは剣を立て受け、その衝撃でまばゆい光があふれた。


 剣を投げ捨て、ミストは拍手をする。

「きちんと教えを守ったいい動きでした。シャーナ様、毎度の話ではありますが、決して力で相手と渡り合おうとはなさらないでくださいませ。残念ですが、女は鍛えた男に力ではかなわないのです。パワーで押すタイプは持久力がありません。勝負すべきは敏捷さ、身軽さ、そして、ここです」

 そう言って、頭を差す。


「相手を倒す必要はありません。父上がされているシャンスではありませんが、王の役目は生き残ること。シャーナ様は倒されなければそれは勝なのです。そこを決してお忘れになりませぬよう。では、ここからいつもの型の動きを始めましょう」

 18通りの型を繰り返しなぞる。相手の動きを流し、さばき、避け、フェイントを入れ、時に急所への鋭い反撃を入れる。生き残りのための技である。10数回繰り返すとミストが終了を告げる。気づかぬうちに2人とも汗でびっしょりとなっていた。


 家に入ると、いつものように北側の小部屋でシャーナは濡れた服を脱ぎ、水浴びができる部屋に入った。この部屋にはワノルード湖から筒で直接水が引き入れられるようになっており、筒をふさぐ栓を抜くと鮮烈な水が出てくる。それを桶で受け、汗を流す。瑞々しい皮膚は水をはじいて流れ落ちる。訓練で火照った体に冷たい水は気持ちよかった。

 汗が引くと、布で丁寧に拭き、小部屋で新しい服に着替えた。番をしていたミストと代る。汗を流して出てきたミストの逞しい体をチラリと見て、シャーナは小部屋を出る。それから、黄色い酸味の強い果物を半分に切って絞り、いつもの飲み物を作った。それを2人で飲みながら、シャーナはミストに疑問をぶつける。

「私も先生のようにもっと体を鍛えた方がいいのでしょうか?」

「その結果、今のしなやかさと俊敏さを失うのでは意味がないな」

「先ほど男には力では敵わないとおっしゃいましたが、先生なら……」

 ミストは笑いながら、

「ああ、エランの腑抜けた男どもならあるいはな。ただ、私でもロダン殿と取っ組み合いをする気にはならないぞ。人は強みで戦うべきだ。それが私の流儀でもあり、母上の流儀でもある」

「はい。それは理解しているつもりです」

「父上を目標にするのはいいが、手本にしてはなりません。あれは天才、余人がマネできるものではない。そういえば、そろそろ父上も戻られるのではないかな。早く行って報告しては」

「はい。そう致します。ご教示ありがとうございました」


 家に帰るとガズハはまだ戻っていない。ドゥボローが夕食の支度をしているので、手伝っているとロダンと連れだって帰ってきた。

「あー、疲れた。結局俺が全部木を切る羽目になるんじゃん。お、いい匂い」

 厨房に入ってこようとする父をシャーナは睨みつけると、

「そのような薄汚れた格好で入ってこないでください。いつも衛生に気をつけろとうるさくおっしゃるのは父上ではありませんか」

「なあ、ロダン。いい匂いがするからちょっとのぞいただけでこれだよ。午後一杯珍しくちゃんと働いたのにひどいと思わん?」

「まあ、お互い身ぎれいにしたほうがいいのは確かでは?」

「でもなあ、言うにことかいて薄汚れただよ……」

 ぶつくさいいながらガズハは水を浴びるため去って行った。続けて、ロダンも笑いながら去る。


 食事を終え、洗い物を片付けたガズハとロダンが酒を飲みながらシャンスをしていた。

「その塔は囮だな。危ない危ない。弩砲で騎士を取ろう」

「さすがに読まれましたか。でも、この手でどうです?」

 そこへ、シャーナが入ってきた。

「お、シャーナも飲む?」

「いえ、私は」

「いいじゃん、たまには」

「それより、ご指示があった勇者のことですが」

「随分早いな。んじゃ、おーい、ドゥボロー」

 厨房から簡単なつまみを載せた皿を持ってドゥボローが現れる。

「お、来た来た。じゃ、お前も座れ。我が娘の報告を聞こうじゃないか」


 シャーナは、ジョットが集めた勇者の話を披露する。もともとは奴隷としてスミウォル近郊の鉱山で働かされていたらしく、体はさほど大きくないものの全身がっしりとしていること、勇者の紋章が右手に現れてからは、エラン王国の騎士団で短期間訓練を受けた後、”穴”に放り込まれ、1週間後”穴”から出てきたこと。バハ麾下のゴブリン・オークの大規模な襲撃隊が勇者一人に壊滅されたこと。

 一旦、話し終えるとドゥボローが席を立ち、シャーナの為に水を汲んでくる。それを飲み干し落ち着いたところで、ガズハは質問を始めた。

  

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