情報収集

 シャーナは家を出るとミストを訪ねた。エラン王国に忍ばせてあるスパイとの連絡について相談をするためだ。ミストはシャーナの剣の師匠でもあり、人間の世界のことを教えてくれる存在でもあった。

「シャーナ様。ご自身で参られるつもりですか?」

「ああ、そのつもりだ。父上からのご命令でもあるからな。自分で確認したい」

「それはあまり良い考えとは思えません。ご再考を」

「なぜだ。私には荷が重いと?」

「いえ、シャーナ様は人目を引き過ぎます。エラン王国は現王の下、綱紀が乱れておりますので、あるいはシャーナ様に良からぬ企みを抱くものがあるやもしれません。私が参ります」

 しばらく考えていたシャーナは残念そうにしながらも引き下がる。

「仕方ないですね」

 その様子を見ていたミストは妥協案を提案する。

「ルード河畔までお送りいただけますか。馬で駆けるより早いですし、隠密裏に行動できます。そこでお別れいたしましょう。そして、1日後再びお迎えに来ていただけますか?」

「そうだな。それなら父上に少しでも早く情報を届けられそうだ」

「では、少しだけお待ちください。着替えてまいります」


 しばらくすると、ミストは行商人の姿にやつして現れた。かごを背負い、農産物を売りにきたといういでたちだ。どこからどうみても中年の農婦にしか見えない。二人は連れだって家を出ると村はずれの崖のところまで歩く。そこでシャーナが左手の小指にはめた指輪をさわるとその姿が消えた。カーズの巣穴からガズハが手に入れた古代のエルフ王の指輪の力によるものだ。次いで、シャーナがミストの手を握るとミストの姿もかき消える。シャーナは呪文を唱え視力を強化し、はるかかなたに見えるルード河畔を見据える。目標地点が定まると今度は跳躍の呪文を唱え瞬きをして跳んだ。


 川岸の草むらで、ミストはシャーナと別れ歩き始める。目的地の街には日が落ちる前には余裕で着くだろう。その姿を見届けるとシャーナは来た時と同様に村へと帰った。指輪を回し、手のひら側に向けていた宝石を外側に向ける。そのとたんにシャーナは姿を現す。2度の跳躍と指輪への魔力の供給で軽い疲労感を覚える。まだまだ父には遠く及ばぬな、と慨嘆するシャーナであったが、並みの人間であったら、その場で昏倒してもおかしくは無いのだということは知らない。


 ミストは怪しまれぬ程度の速さで歩き、目的地の街に着いた。エラン王国の第2の都市スミウォル。近隣の鉱山から掘り出したものが集積する商業都市である。首都には及ばぬものの城壁も備え、騎士団の分隊も駐屯している。ここのところ、魔族が活発に動いているせいか、城門の兵士による検問が行われていた。ただ、見るからに無害な農婦姿であり、数カ月に1回程度は顔を見せていることもあって、厳しく詮索されることもなく中に入ることができた。中に入ると勝手知ったる道をスタスタ歩き、とある酒場の裏口から入っていった。


 入っていき、中に声をかけるとできてきたのは昔の仲間であるジョット。料理の腕を生かして、酒場兼宿屋をしながら、情報収集をしていた。料理もうまく、ときにただ酒をふるまうこともあって、騎士団の分隊の連中は入り浸っていたし、旅の冒険者なども良く利用する。酒で口の軽くなった会話の中から重要な情報を得られることが多かった。

 ミストが運んできた作物の品定めをしながら、世間話をし、ときに小声で最新の情報を混ぜる。品定めが終わると代金を受け取ってミストは立ち去る。店を数店回って、村で不足がちなものを買うと共に、噂話をひろって回った。日が落ちる前に安宿に腰を落ち着けると早めに休む。どこに人の目があるか分からないので、農婦の偽装から外れる行為はつつしまねばならない。


 あくる日も日が昇る前に起き、身支度すると城門に向かい開門と同時に街を出る。約束の時間には間があるので、町が見えなくなると歩みを緩め、ゆっくりとルード川を目指す。途中、冒険者らしき一団とすれ違う。

「おばさん、このあたりは物騒だぜ。どこに行くんだ?」

「街に物を売りに行って帰るところさね」

「魔物がうろうろしているのにご苦労なこったな」

「魔物が出ようがなんだろうが食わなきゃいかんからね」

「ははっ。ちげーねーや。まあ、気を付けて行きな」

 タチの悪い集団でなかったことにホッとする。籠の中にはナタを入れてあるが、この格好で大立ち回りは人目に付き過ぎる。


 ミストは河原に着くと水をすくって飲んだ。すると近くの水面にポチャンと水しぶきが上がる。振り返って河原の草むらを見ると、一部が見えたり消えたりしている。周囲を見渡して人影がないことを確認すると、草むらに入っていった。不意に手首を掴まれるが、低く自分の名前を呼ぶシャーナの声を聞いて緊張を解く。そして、2人は村へと跳んで帰った。

 

 2人でミストの家に向かい、シャーナはミストから勇者について一通り報告を受ける。肝心な部分の話が終わるとミストはいったん下がり、変装を解いて戻ってきた。朴訥な農婦は消え、精悍な戦士がそこにいる。50を過ぎているはずだが、老いの影は見られず、そこはかとなく色香の残りのようなものも残っていた。見事な変装能力といえる。

「私も先生のように姿かたちを変えれば潜入できないだろうか?」

「見かけだけではありません。仕草一つで疑問を抱かれることもありますからね。最低2年は変装する相手になり切っていただかないと」

「分かっている。ただな」

「それよりも、父上に報告をしなくていいのですか?」

「ロダン相手にシャンスで遊んでいたが、先ほどからふらりとどこかに消えてな。あのようなゲーム何が面白いのやら」

「でしたら、シャーナ様、少し剣の稽古といたしましょう」

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