襲撃
「思えば色々なことがあったなあ」
狼の姿になったロダンをモフりながらガズハが言う。ビジャへの不満を募らすロダンを強制モフモフの刑にして落ち着かせていたつもりが、つい物思いにふけってしまったようだ。話相手になって欲しいなら、その手を離せ、という目線に気づき、ロダンから手を離す。
「シャーナ様も大きくなられました。そして美しく。怒りっぽいのが珠に傷ですが」
「だよなあ。せっかく大事に育てたのにあれじゃ嫁の貰い手いないんじゃないかととーさんは心配で心配で」
「外見のみに引き寄せられる有象無象では問題になりませんしな。2年前のような」
「ああ」
万感の思いを込めて頷く。あの時、危うくシャーナを失いかねないところだった。
吸血族の一部に不穏な動きがあるという話は聞いていた。人工的に作られた、つまり魔王によって提供される血液は健康に悪く、人間から直接摂取すべきであるという一派が勢力を増しているという話である。この”自然派”の一部が自分たちの家畜を食い尽くしそうになり、人間の領土への侵攻を求めているというのだ。そして、あろうことかその中の1人が丁度カウォーンに来ていたシャーナを見初めて、配下の眷属と共に襲いかかった。父の威令がいきわたっていると思い、襲われるなど予想もしていなかったシャーナは不意を打たれて、背後から拘束されてしまう。
たまたま襲撃を目撃していたドゥボローは、助太刀に無駄な時間を使うことなく、直ちにガズハに注進する。愛娘の危機を聞いたガズハは、ドゥボローの手を掴み部屋の窓をぶち破り飛び出すと襲撃現場に跳んだ。
ガズハが到着してみると、1人の吸血鬼がシャーナの首筋にその牙を突き立てたところだった。愚かで恐れを知らぬ吸血鬼はニヤリと笑い、首筋から口を離して何かを言おうとする。
「こ……」
この瞬間ガズハの中で理性がはじけ飛ぶ。瞬きをして一気に間合いを詰めると娘を奪い取り、吸血鬼を蹴り飛ばす。吸血鬼は建物の壁に激突して変な声をあげると崩れ落ちた。ガズハはそれには目もくれず、娘の首筋を凝視する。黒みがかった紫色に変色した2つの傷口には血が滲み、少し腫れ脈打っていた。迷わず傷口に口をつけ、勢いよく血を吸いだし吐き出す。吸っては掃き出しを数回繰り返すと今や顔面蒼白となった娘を抱え、瞬きを繰り返し、ワノルード湖畔を目指す。幸いなことに月夜で視界が利いた。
村に着くと、亡き妻の元師匠であるミストの家に蹴り破るように入り叫ぶ。
「頼む。癒しの呪文を」
ミストは状況を見て取るや直ちに呪文の詠唱を始める。このあたり年は取っても機敏だっだ。ガズハは腰の短剣を引き抜くとシャーナの首筋の傷跡の皮膚を切り離す。その皮膚が床に落ちる間もなく呪文が効果を発揮し傷をふさぐ。
「失った血が多すぎます。血を分け与えねば」
「俺の血を」
「シャーナには合いません。適合する者でないと」
「誰だ」
「落ち着いてください。アンナが合います」
それを聞いて、外に飛び出すガズハ。幸いなことに騒ぎを聞いて集まっていた者の中にアンナの姿を見つけ、駆け寄ると叫ぶ。
「血をシャーナに。死にそうなんだ」
あっけにとられながらも頷くアンナを文字通り抱きかかえると家の中にすっ飛んで戻る。通り過ぎた後には風が渦巻くほどの勢いだった。中ではミストが呪文を唱え手を首筋に当てているところだった。
意外に早く戻ったガズハとアンナを認めるとミストは呪文を中断し、手早く血分けの準備にかかる。普段から吸血鬼の食用の採血に慣れていたことが皮肉にも素早い作業の役に立つ。アンナからシャーナに血が送られるようになるのを確認するとミストはシャーナの首筋に手を当てる。
「浄化の呪文を施します。吸血鬼の噛み傷に効果があるかはわかりませぬが」
そう言って、長い詠唱に入った。
詠唱を終え、ミストはアンナとシャーナに血止めの呪文を唱える。アンナからは少し取りすぎたのか青ざめた顔をしていたがふらつきはしない。念のためこの家で休むようにミストから指示され別室に引き取る。
シャーナは多少は血色を戻していたものの全身が変な熱を帯び意識は戻らない。ふとみると先ほど切り離した皮膚と肉の一部が青黒く変色しまだピクピクと動いていた。ガズハは目を閉じると意識を集中しチリ一つ残さぬほどの高温で焼き尽くす。
「すまぬ。これだけ世話になりながら床を汚してしまった。この償いはいずれ」
ミストは横に首を振り、
「手を尽くしましたが、今夜が山場でしょう。明日の朝を無事迎えられればおそらく大丈夫なはずです」
ガズハはシャーナをそっと抱きかかえると自分の家に帰った。途中ロダンが側に寄ってくると小声で命令を下す。ロダンは直ちに宵闇に消えた。
家に入り、シャーナをベッドに寝かす。そして、椅子を引き寄せると前後を逆にし背もたれに腕を載せて娘を見つめる。そして長い夜が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます