家族

 その年は、天候が不順で、秋になると食料不足が顕著となった。特に大陸の東側で天候不順の影響は大きく、中でもエラン王国は悲惨な有様だった。これには多分に統治能力の欠如がからんでいるのだが、多くの家族が離散した。ほとんどの者は7王国の残りの国を頼って逃れていったが、中には西へと移動する者もいる。ガズハは武装した集団であれば、さすがに撃退していたが、少人数でワード川を越え、森で食べ物を採取するのは目こぼしをしていた。各部族の方も西方での自分たちの食料確保に忙しく、警備隊に人を割くのを怠っていたので、これ幸いとガズハも適当に巡回の数を減らしていた。

 

 そんなガズハでも当然、私領の周りの警戒は欠かさなかった。辺境の森林地帯とはいえ、カウォーンよりも北東にあり、人間の世界に比較的近い位置に存在したからである。それでも、この5年間というもの、ワノルード湖周辺はヤバいという噂を流布し、森に踏み込んでくるものを脅して追い返していたのでここのところお客さんはほとんどいなかった。


 そんなある日、村からあと僅かというところで、巡回中のロダンが侵入者を発見・拘束した。侵入者はまだ男の子とまだ幼い女の子。疲労困憊して木の洞で眠り込んでいるのを発見したのだ。裸足の足は傷だらけで、やせこけたその姿は長くは持たないように感じられた。ちょっと思案すると、ロダンは2人を左右に抱えて走り出す。抱えてみてあまりの軽さに驚いた。村に駆け込み、ガズハとシーリアの住処を目指す。訪ねてみるとガズハは不在でシーリアのみが在宅していた。ロダンの抱えていたものに驚くが、すぐに自分のベッドに2人を寝かせ、何か消化のいいものをと食事の支度を始める。手持無沙汰なロダンが2人の様子を見に行くと、目を覚ました2人が丁度目を覚ましてキョロキョロと周囲を見ているところだった。男の子はロダンを見るとパッと自分の後ろに幼い女の子を隠す。そして、震える女の子にそっとささやいた。

「大丈夫だ。お兄ちゃんが守ってやるから」

 そして、小さな体を精いっぱい伸ばすとロダンを睨みつける。

「威勢のいいガキだぜ。その度胸は認めてやる。ちょっと待ってな」

 そう言いおいて、厨房に向かい、声をかけた。

「シーリア様、目を覚ましました。どうやら兄弟のようで。ただ、警戒心強くて近づけそうにありませんや」

「あら、じゃあ、私の出番ね」


 何とか逃げる場所がないかと探し、先ほどの化け物の出て行った扉以外に出口がないことを確認して、絶望していた男の子に、誰かが近づいてくる足音が聞こえてくる。

「いいか、兄ちゃんがあいつに飛び掛かるから、お前は逃げろ」

「やだ。一緒にいる」

 そうこうするうちに誰かが入ってきた。振り返ってみると先ほどの毛むくじゃらの化け物の姿はなく、きれいな女の人が立っている。

「心配しなくていいわ。ここにあなた達を傷つける人はいないの」

 しゃがんでそう言う女の人は優しそうだが、油断はできない。

「私はシーリア。お名前は?」

 かたくなに黙って立ちつくす男の子を見てほほ笑む。

「あら、私ったら、そんなことは後でいいわね。お腹が空いているでしょう。食事を用意したの。さあ、いらっしゃい」

 その瞬間、2人のお腹が鳴る。もう丸3日まともな物は口にしていなかった。扉の向こうからいい匂いがしている。食事があるというのはウソではないようだ。妹をかばうように戸口の方に向かう。シーリアと名乗る女性はスッと立ち上がると先に立って歩き出す。

 部屋に入ってみると低い台の上に2人分の食事が用意されている。暖かくいい匂いを漂わせる食事を見るともう我慢できなかった。妹と並んで台の前に座ると夢中で食べ始めた。食べ終えて一息つくと妹は眠そうにしている。抱き寄せて妹の寝息を聞いているうちに男の子も睡魔が襲い、眠りについた。


 こうして、男の子ハンノと女の子シャーナはこの村で、ガズハとシーリアと暮らすことになった。シーリアが聞きだしたところでは、両親を亡くしていた2人は身を寄せていた親戚に奴隷商人に売り渡されそうになり、あわてて逃げだしたのだという。ハンノとシャーナは新しい境遇にすぐに慣れた。シーリアはいい匂いがして優しいし料理も上手。ガズハも2人の相手はぎこちなかったが、たまにカーシャという料理を作って食べさせてくれた。そして、毛むくじゃらのロダンおじさんは見た目は怖かったが触るとフサフサとした毛が気持ちよかった。

 その一方で、子供を欲しがっていたシーリアにとっては、この2人は天からの授かりものだった。シーリアに甘々なダメ夫には妻が喜ぶ姿を見て文句もあろうはずはない。この賑やかで幸せな生活は3カ月ほどで終わりを告げる。


 ハンノが行方不明になった。一人では禁じられていたにも関わらず小舟に乗ってでかけ、進路を誤り滝に落ちたようだ。壊れた小舟は滝つぼで見つかったがハンノは見つからなかった。更に不幸は重なり、ハンノを探すシーリアが森に落ちていた金属の破片を踏み抜いてしまう。きちんと手当てをすれば良かったのだが気もそぞろなシーリアは捜索を優先させてしまう。そして、翌日にはベッドから起き上がれなくなり、数日後、治療のかいもなく亡くなってしまった。

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