開拓地

 目の前の一団との出会いを回想していたガズハに声がかかる。

「では、我らの血は陛下のお役に立てましたか?」

「ああ。初めて飲む味に目を丸くしておった。あり得ぬ血だとな」

「それはようございました。それでは?」

「3日後には出立する。その際にはこれを身につけて頂こう」

 ガズハは手にしたチョーカーを手渡す。目の覚めるような蒼い色の親指ほどの太さの生地に渦巻き模様が小粒の宝石で縫い付けられている。

「これは我が私領に住まうものを表すものだ。それを帯びた者への敵対行為はすなわち私への敵対行為となる」

 セーヌの表情の微妙な変化を見たガズハは言う。

「そのような顔をいたすな。我が私領に住まうものは、近衛の者を含め、全員が着用する」

「細やかな心遣いありがとうございます」

「礼には及ばぬ。それよりもここを出たらしばらくまともな食事には無縁となるぞ。あまり肥えた土地ではないからな。家も粗末な小屋となろう」

「ご心配には及びませぬ。我らはもともと兵士。むしろ、このような豪華な場所の方が居心地が悪いぐらいでございます」

「ははっ。そうであったな。では、出立は3日後の未明。それまでは最後の休暇と思うてくつろがれよ」


 ガズハの私領の中心は、ワノルード湖畔となった。そこの森を切り開き、新たな村を作る。セーヌの部下たちは同じように木々の多いノトール出身だけあって、木の伐採、加工とそれを使った建築はお手の物だった。

 セーヌたちの他に、カーズの財宝をふんだんに使って買い求めた奴隷が主な住人だった。ロダンも石の街より落ち着くと言って、ガズハの許諾を得て移住する。

 ガズハはしばらく、私領と城とを行き来していたが、しだいに城に行く回数が減っていく。それに合わせて、ドゥボローもできるだけ陛下のお側に、と言って移住してきた。しかも、元バハの手下でカーズとの戦いで負傷するなどして見捨てられ困窮していた亜人族の数名を連れてきた。この一団は自然とドゥボローの部下のような形になる。ドゥボローがその一隊を指揮してワノルード湖で捕る魚は貴重な食料となった。


 ガズハが私領に居つくようになった理由は単純なこと。セーヌ改めシーリアがいたからだ。セーヌはこの村に住むようになると過去と決別するため名を変えた。そして、次第に従来の思い詰めた様子が影をひそめ、年相応の快活さを見せるようになった。義務から解放され本来の性格が表れたのであろう。それでいて気品を失わなず、元部下とそれ以外の者に等しく丁寧に接したので、自然と村のリーダーのような存在になった。もちろん、ガズハは領主であるし、皆も敬意を払うが、やはり魔王ということもあり、ロダンやドゥボロー以外の者は1歩引いた感じで接している。ガズハはその点については別に気もしなかったが、シーリアに対して一層興味を引かれることになった。


 その興味が関心になり、それ以上の感情になるのに時間はかからなかった。もともとシーリアは美人だったが、その輝く赤毛は快活さの方が映える。そして、ガズハの審美的嗜好も幸か不幸かかなり人間に近かった。一方のガズハの外見は、人間の目から見ても好ましいものと見えた。もし、ガズハが魔人族ではなく、オークだったなら、この後のような展開になったかどうか。その仮定に対する答えは未知数だが、ガズハもシーリアもお互いの外見に対すると同様に内面についても惹かれるものを感じていた。


 どちらかというと一度死んだものとして開き直っていたシーリアに比べ、ガズハは自らの感情に素直になれずにいた。自らの庇護下にあるものに対しては、どのような言葉も、権威と力による圧力を伴わずには居られない。命と名誉を守ると言った手前、そのような行為は恥ずべきものだと考えていた。とはいうものの、思慕の念はやみがたく、ガズハは大量の酒の力を借りて、ある一線を越えることになる。酒の力を借りねばならなかったことについて、己の惰弱さを疎ましくは思ったものの、その結果については後悔しなかった。


 晴れて2人が仲睦まじくなったことについて、村では特に問題にならなかった。シーリアは皆に愛されていたので、その本人が選択したことを非難する者はいなかったし、ガズハに文句を言える者はいない。せいぜい、あまりの熱愛ぶりをロダンにからかわれる程度である。しかし、これが村の外にまで広がるとそう簡単なことではなくなった。魔王の正式な妃が人間というわけにはいかない。それはあまりにリスクが大きすぎた。そのため、シーリアはガズハの妾妃とされた。長い月日の中には、過去にそういうことになった魔王もいたからである。


 そして、もう一つ。ガズハはシーリアの元部下から聞いたカーシャ作りに傾倒していく。巨大蜘蛛との戦いで負傷したジョットがカーシャ作りに関してはかなりの腕前であった。ジョットに師事し見よう見まねで作る最初のうちは、ひどい出来であったが、ラブラブなシーリアにとっては、夫が作ってくれると言うだけで満足であったし、ガズハも急速に腕をあげた。

 こうして、幸福な5年間を過ごした後に事件が起こる。その事件で、ガズハの家族が2人増え、2人減った。


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