説得

「く、殺せッ!魔物に哀れと思われるほど落ちぶれてはおらぬ」

 その叫びに若さがにじみ出ていた。

「いや、哀れとは思わん。若き女子の身でそこまで剣技を磨き、これだけ見事な動きをする部隊を鍛え上げ統率できるとは敬意の念しか沸かんよ。しかもいずれにな」

 組んだ膝の上に手を置き頭を下げる。

「国土を荒らした黒竜のために王族が立ち向かわねば示しがつかぬ。例え死んでも尊い犠牲だ。国民は納得するだろう。しかし、勝って凱旋してはいかんのだな。ドラゴンスレイヤーは王位継承者の王位を脅かすライバルとなるゆえ」

「だまれ!」

「しかし、命が惜しいとは思わぬのか」

「それが、王族としての務めだ」

 ガズハは相手の意固地さを見て、攻め口を変える。

「まあ、そなたはな。私も立場に縛られる身だ。分からんでもない。だが、この素晴らしきベテランの浪費について何も思うところがないのか?」

「それは……」

「自分1人の犠牲でなんとかしようなどと考えているのだろうが甘いぞ。こんなところまで付いてくるのは頑固な愚か者しかおらん。忠誠の対象は国ではない。セーヌ王女、あなただ」


 周りの部下たちは警戒を続けながらも全身でその言葉に同意していた。高齢者に交じっていた若い女性が言う。

「王女様。私は剣は教えましたが、今はあなたの部下です。どのようなご命令でも、お心のままに。我らはそれに従います」


「セーヌ殿。元より死を覚悟されていたならば、その余生を我に預けてみぬか。我が誇りにかけて、そなたたちの命と名誉を守ることを誓おう。先ほども言ったようにそなたたちに死なれて困る事情がある。単なる気まぐれではないのだ」

「そして、かごの中の鳥として貴殿に飼われて生きよと?」

「しばらくは不自由に耐えてもらわねばならぬが、いずれは自由を約束しよう」

 思考を巡らすセーヌの姿を見て、ガズハはことさらにゆっくりと立ち上がり、尻についた土をはらう。

「本来の目的を済ましてくる。さほど時間はかからぬが、今後をどうするか考え議論する時間にはなるだろう。では、後ほどまた相まみえること期待しているぞ」

 そう言いおいて、ガズハは最果ての山に向かう。


 シンハの言っていた黒竜のもう一つの巣穴と言うのはすぐに見つかった。バハが乗り込んだ巣穴と比べかなり山頂よりにその巣穴はあった。張り出した岩場のせいで下から見ては分からないだろう。この巣穴はもう一つのものよりやや大きく、そして、残されていた財宝は比較にならないほど多かった。財宝にはあまり興味がなかったが、これと交換にできることを想像するとガズハの身は興奮に震えた。持参してきた袋に貨幣を中心に詰めると、森に引き返した。


 先ほどの場所に戻ってみると、セーヌ達の一行は、辺りを警戒しながら休息をとっていた。最悪の場合、刺し違えて折り重なった死体と対面することを予想していたガズハはそっと安堵の吐息を漏らす。

 セーヌはガズハの姿をとらえると姿勢を正した。その後ろに部下たちが並ぶ。その手には鋭利な短刀が握られていた。全員が腰辺りまで伸ばし編み込んだ長髪に手を伸ばす。ノトールでは男女問わずこの髪型をしているのが一般的だ。セーヌ達は手にした短刀を編み込んだ髪にあて、ブツリと切り落とした。

「セーヌ小隊はここで死んだ。故郷も名も持たぬ我らの身、貴殿にお預けする」

 今や肩までの長さになった真っ赤な髪を風になびかせセーヌが告げる。

「良く決断された。その決断、我が名にかけて後悔はさせぬ。では、参ろうか」

 ガズハは腰に下げた剣を抜き、空き地に転送のための魔方陣を描く。1人なら跳んだ方が楽だが、これだけの人数となると面倒でも魔方陣で転送せざるを得ない。慎重に城に備えた魔方陣からのおおよその方角・距離を図式化して描いていく。描き終えると魔方陣を踏まぬように2重円の内側に入るようにセーヌ達に促す。全員が入ったのを確認し、城の魔方陣とつなぐ秘密の言葉を口中でつぶやくと、転送を命じる呪文を唱えた。


 城の私的なエリアに存在する魔方陣についたガズハは、一行を大きめのゲストルームに案内する。大きめの客間に主寝室、控えの間がついており、10人程度であれば、さほど窮屈な思いをせずに過ごすことができるだろう。別々の部屋にした方がゆったりと過ごせるが、一緒にいることを優先するだろうとあえてこの部屋とした。

「セーヌ殿。今日はこの部屋からお出になりませぬよう。今日中に使用人に客人について言い含めますので、明日以降はこのフロアであれば好きにされて構いませぬ。遺漏なきよう申し渡しますが、万が一危害を加えようとするものがあらば切り捨てて頂いて結構。では、ゆるりと休まれよ」


 ガズハが留守中の仕事を片付け、時間の余裕ができたのは、翌日の昼過ぎだった。セーヌ達の部屋を訪れ、機嫌を伺う。

「昨夜は良く休まれましたか?」

「はい。久しぶりに屋根の下で良く休めました」

「何か足りぬものがあれば遠慮なく、申しつけくだされ」

「ありがとうございます。それで、こちらにはどれほどの期間滞在する必要があるのでしょうか?」

 やはり、魔王の城で高いびきとはいかぬか。まあ、当然だな。皮の鎧を紐解かぬ一同に不寝番の疲れの跡を読み取ったガズハは思った。

「近々ワノルード湖の辺りに私領を開く予定ゆえ、そちらの準備が整い次第、そちらに移動していただこうと考えている。それを早く実現するために協力していただきたいことがあるのだが?」

「なんでございましょう?」

「驚かれぬよう、先にその理由を申し上げましょう」

 ガズハは、魔と人との分断とこちらから人の領域への不可侵の構想を明かす。そのために吸血族に与える血を約束せねばならぬことを伝えた。

「なるほど、私の血が欲しいのですね」

「察しが良くて助かる。合わせて、ミスト殿の血も頂ければ」

「私だけでは不足ですか?」

「1人当たりの負担を下げるということもあるが、吸血族に今までにはないものを与えることで衝撃を与えたい。2人の血をブレンドする。さすれば、今までにない新たな物となろう」

「分かりました。私とミストであればおそらく大丈夫でしょう。ただ、お忘れなきよう。組み合わせによっては血は混ぜると固まります」

「おお、その点には注意しよう」

「いつご用意すれば?血を取ってからあまり時間を置かぬ方がよろしいでしょう」

「時期はまた改めてお願いしよう」





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