出会い

「どうぞ」

 まだ若い女性の声を聞くと、ガズハは扉を押し開けて中に入った。奥に2人の女性。一人は若く、もう一人は30前後であろうか。その2人を守るように10人近くの男たちが囲んで立っている。いずれも高齢だ。相変わらずの態度にガズハは苦笑すると共に無理はないと思った。魔王の城奥深くにいる人間たちなのだから。

「首尾は上々だった。協力感謝する」


 ガズハがこの者たち、ノトール王国の王女セーヌ一行と出会ったのは、黒竜カーズを倒して3日後のことだった。シンハの残した言葉の意味を確かめるため、一人で再び最果ての山に戻った。最後の跳躍を試みようとするとき、東寄りの森の1点から多くの鳥が飛び立ったことに気づく。何者かが鳥たちを驚かすことをしたらしい。カーズを倒した場所からは離れているはずだったが、念のため何が起きているのか確かめることにした。目標を変更して跳躍すると、ガズハの目に巨大な蜘蛛と死闘する人間の一団が見えた。


 部下の一人がうっかり巨大蜘蛛の巣に入り込んでしまったのに気付くとセーヌは残りの部下に声をかけすぐに切り込んだ。蜘蛛の巣にからめとられた部下に、人の3倍はあろうかという巨大な蜘蛛が近づき、鋭い前足で腹を切り裂いた。切り付けられ腹から出血する。セーヌの剣の師でもあり治癒魔法が使えるミストが近づき呪文を唱え手をかざすと傷が塞がる。痛みが消えて暴れていたのが大人しくなった。不意を打たれたため後れをとったものの、部下たちは手際よく展開し、巨大な蜘蛛に対峙する。セーヌとミストともう1人が剣をかざして挑発し巨大蜘蛛の注意を引く間に、残りの者が巻き上げ機付きの大型クロスボウの弦を2人一組で手早く巻き上げ、太く長い矢をつがえると次々と蜘蛛に向かって発射する。きちんと射線を考慮して、万が一に外しても味方に当たらないように工夫している辺りが見事だった。動きの鈍った蜘蛛に背後と脇から3人が近づき、足を切り飛ばす。最後に目の間に剣を突き立てると巨大蜘蛛は大人しくなった。


 蜘蛛にとどめを刺すと傷を負ったジョットの周りに集まる。出血がひどかったのか顔が土気色になっていた。

「ジョットしっかりしろ。すぐに血を分ける」

 その声に1人の男が横たわるジョットの傍らに立つ。ミストが2人の手甲を外すと管でつないだ針を慎重に差し、呪文を唱えると、管を血が伝わっていく。別の1人が小さな容器に入った酒をジョットの唇から流し込んだ。


 ガズハはそこまで見届けると隠れていた木立から踏み出し、集団の方に向かう。何をしているのかという好奇心に勝てなかった。

「取り込み中失礼だが、何をしているのかな?」

 足音をさせずに近づき声をかけてきた見知らぬ男に集団は一瞬ギョッとしたようだったが、セーヌが返答する。

「蜘蛛に襲われて傷ついた仲間の治療をしている。それよりそなたはここで何をしている?」

 ガズハは近寄るまで気づかなかったが、驚いたことにリーダー格と思われる人間は女性だった。

「たまたま通りがかって、闘いの音を聞きつけて来てみただけだ」

「そうか。我らはノトールの戦士団。ここは黒竜のテリトリーだぞ。危険なので早く離れることだ」

「承知している。それで怪我人の傷はひどいのか。傷薬の持ち合わせならあるが」

「ご好意かたじけないが、傷はふさいだ。ただ、出血がひどくてな。仲間から分け与えているところだ」

「血を分け与える?」

「ああ、我ら戦士団の技でな。血は体の外に出ると固まるが、直接体と体をつなげば固まらぬ。かならずうまくいくわけではないが手をこまねいているだけよりはましだからな」

「そのような技があったとは興味深い。もう少し詳しく聞かせてはもらえぬかな」


 セーヌは少し声を険しくした。

「我らも忙しい身ゆえ。ご容赦願いたい。この後すぐに出立し黒竜を退治しに向かわねばならぬ。我らとて倒せる算段があるわけではない。早々に離れられるが貴殿のためだ」

 なるほど。黒竜退治のための武装か。それであのような大型の飛び道具をこれだけ備えていたのか。ガズハはそう思いながら返答する。

「黒竜が目的ならば急がれることもない。もはや生きてはおらぬ。なので、その血を分ける話……」

「黒竜が死んだと?確かにこの数日飛ぶ姿は見ておらぬが、死んだとは信じられぬ。我らの城で傷を負わせたが、致命傷と呼べるものではなかったぞ」

「確かに手負うていたな。お陰で倒すのが楽になった」

「貴殿が倒したというのか?さすがに冗談はほどほどにされるがよかろう」

「確かに一人で倒したわけではない。仲間と共にな。だがこの手で倒したのは事実だ」


 目の前の男の自信に満ちた静かな声を聞き、この男が嘘を言っているわけではないらしいことに気づき、ノトール戦士団に緊張が走る。セーヌが身構えるのに合わせ、怪我人ともう一人の男を除いて、戦士団はガズハを囲むように散開した。

「貴殿の名を伺おうか?」

「人の名を問うならば、まず名乗られよ」

「失礼した。私はノトール戦士団のセーヌ」

「我が名はガズハ。ノトールのセーヌ王女のご尊顔を拝めるとは光栄だな」

 魔王の名を聞いて戦士団は戦闘態勢に入ろうとした。セーヌの合図を遮るようにガズハは声を高めた。

「待て、早まることもなかろう。私にはそなたたちと事を構えるつもりはない」

「魔王が何を言う。我らとは不倶戴天の仇敵ではないか」

「そなたたちを倒す理由がないのだ。私の質問に答えてくれればそれだけでいい」

「倒す理由がないだと?」

「ああ。たまたま出会っただけのことだからな。そなたたちも命を無駄にすることもないだろう」

「我らでは勝てぬと?そなたは1人、こちらは10人いるのだぞ」

「黒竜に勝てぬものが竜殺しに勝てるとでも?王女よ分かっているのだろう。自分たちに勝ち目がないことぐらい」


 


 


 

 

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