分断
「陛下。あまりに急なご発言でございます。まずはその理由をお聞かせいただけませぬか」
「3日間神殿に籠っていたのは知っておろう。そこでカマテー様の啓示を受けたのだ。必要以上に人間どもを刺激してはならぬと。さもなくば、また勇者に蹂躙されることとなるとな」
勇者の名前が出るとざわめきが起こる。誰もが勇者は怖い。人間の世界からやってくる恐怖の使者。歴代の魔王、各種族の中でそのとき最も強い者の魔王があっさりと倒されてきた。先代の勇者を倒した魔王も次世代の勇者には歯が立たない。つまり、次の勇者がやってくるということは、ここに居る全員の命が危ないということである。吸血王のビジャがゆっくりとを手を挙げた。
「陛下の仰せに従えば、勇者は現れぬと?」
「それは分からぬ。ただ、その対策を練る時間を確保できるはずだ」
「我が魔術、カナン殿の力、そして陛下の技を結集してなんとか対峙できた勇者と再び相まみえたいとは思いませぬ。できうる限りその時期が遅くなるだけでも喜ばなくてはなりますまい。されど、我らは定期的に人間の血を摂取せねばなりませぬ。今いる家畜だけではいずれ足りなくなりますが……」
「それについては案がある。血に困らぬことは約束しよう」
ビジャが沈黙すると反対意見を述べようとする者はいなかった。バハはカーズの財宝で懐柔されているも同然であったし、新しい巨人族の王ゾトは新参者で発言力がない。人間の王国への侵攻に熱心だったこの2部族が反対しなければ、大きな反対意見は出てこない。霊冥族の王パラドは静かに思索と魔術の研究ができればそれで満足で、もとより世事にあまり関心がなかった。
「では異論は無いようだな。では、我が言葉を記録し、実行せよ」
カナン・バハ・ゾトがそれぞれ違う思いを抱いて退出すると、パラドとビジャが残った。
「陛下。一つお願いがございます。我ら闇夜に親しむ者の住まう地域に、夜遅くまで灯火をともし、騒ぐ店ができるようになり、一族の者が迷惑しております。なんとかしていただけませぬか」
パラドがガズハに訴える。先ほどの沈黙の代償を求めてのことと判断したガズハは善処を約束する。
「先の勇者襲来で廃墟となった地域は、灯火制限地区といたそう。また、境界には土塀を築き、光と音を遮断することでどうだ?」
「ありがたき幸せ。ではなるべく早くのご対応期待しております」
一礼してパラドが出て行く。
「で、先ほどの件ですが、陛下の言葉を疑うわけではありませぬが、我らの為の人血どのように保障されるのでしょうか。まさか、亜人族どもの血で我慢せよと言われるわけではありますまいな」
「いや、そのようなことは言わぬ。人の血に間違いはない」
「改めて申すまでもありませぬが、我らが吸血した人間をそのまま生かしておくと、新たな吸血鬼となるか出来損ないとなるか。効率よく一人を血を余すところなく吸ったとて、いずれは我らが家畜は無くなります」
「分かっておる。説明するよりも実物を渡した方が早いな」
ガズハは手のひらサイズの透明な袋を取り出した。中には赤い液体が入っている。金属製の細い管を添えて渡した。
「正真正銘の人血、本日採取したばかりゆえ、鮮度は問題あるまい。試してみよ」
ピジャはうろんげに袋を眺めていたが、その端を少し破り、香りを嗅ぐ。
「確かに人の血のようではあるが……」
金属の管を通して一口吸うと驚愕の表情を浮かべる。
「このような味あり得ぬ。まだわずかに青さの残るフレッシュな味わいの中に、熟成された風味を同時に感じるとは!しかもこの口当たり、そのあたりの村娘のものではない。間違いなく高貴な生まれのもの。今までに味わったことがない」
それからは、袋の中身をむさぼるようにすする。あっという間に飲み干してしまい、名残惜しそうに空の袋を見やった。
「確かに極上のものでありました。しかしこれは?」
「満足してもらえたようだな。さすがにここまでに品質の良いものを毎回は提供はできぬが、今までと遜色のないものであれば定期的に提供いたそう。それで良いな」
「はっ」
ガズハは近衛兵数名を引き連れて会議室を出た。そこには、一人のリザードマンが片膝をつき、顔を伏せている。
「おお、ドゥボローか。待ちわびたぞ」
「申し訳ありません。陛下」
「そなたを責めているのではない。バハが隅から隅まで宝をかき集めるのに時間がかかった、そのため帰還が遅れたのであろう」
返事をせず、顔を更に伏せるリザードマンを見てガズハは笑う。
「旧主への悪しき言葉には同意しかねるか。その忠義見上げたものだが、今は我がそなたの主ぞ」
「はっ」
「まあ、良い。皆の者、この者が新たに我が警護をすることになったドゥボローだ。最初は慣れぬだろう。面倒を見てやれ」
近衛兵たちが一斉に返事をする。一人がドゥボローを促し詰所の方に行こうとすると、ドゥボローが声を出す。
「陛下申し上げることがございます」
「なんだ」
「陛下のご指示のありましたカーズからの採取品は荷車ごと北側の倉庫に保管いたしました」
「そうか。後で見分させよう。ご苦労だった。」
「ありがたきお言葉」
そう言うと立ち上がり、一礼して先ほどの近衛兵の後について歩き出した。
ガズハはその後姿を見送り、城の中を移動する。私室へとつながる扉をくぐり、扉を閉める。その前で近衛兵たちが警護を始めた。階段を上り、廊下の右に進んで、とある部屋の前で立ち止まると扉を4回ノックする。
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