帰還

 財宝を運び出すよう指示するバハをしり目に、ガズハは洞窟を出る。そして、森の中の1点にあるものを感知すると、短く呪文を唱えて瞬きをする。瞬間移動した先で木立を避け、ふわりと地面に着地すると、目の前に青い帽子の猫シンハが笑顔で出迎えた。

「良く参られた。ガズハ殿」

「また会えたな。シンハ殿」

「黒竜を首尾よく討たれたようで、まずはお祝いを申し上げます」

「これでそなたの言う世界のバランスとやらは保てたのであろうな」

「はい。なんとか間に合いました。数日後、勇者の魂を宿した子は亡くなります。そして、赤子に転生することでしょう」

「では、これで束の間の平穏を得ることができたわけだ」

「ええ。魔王殿も20年の歳月を得られました」

「勇者と戦えば私が必ず負けると言わんばかりだな」

「恐れながら、勇者の加護が強力なのは魔王殿のご存じのはず」

「以前は辛うじてとはいえ勝ちを収めたぞ。次回もそうならぬとは断言できまい」

「前回は、勇者の加護が減じておりました」

「あれでか!」

「さようでございます。魔族が減るのに伴い勇者に加えられた加護の力も減じます」

「そういうことか、自分でも勝てたことが信じられなかったが、これで得心がいった。覚醒したばかりの勇者とは戦いたくないものだ」

「ガズハ殿にはまだまだ潜在的な力を感じます。あるいはこの20年で勇者の力を凌駕することもなくはございますまい。ただ、勇者の力がさらに強まることも考えられます。魔と人とその差が大きくなりすぎたならば」

「分かった。この世界はまだ十分に広い。我らと人と相分かれて暮らすことといたそう」

「魔王の試みがうまくいくことを祈っております。では、これにてお暇を」

「待たれよ。このまま別れる間柄とは思えぬ。そなたに会いたくなったらどうすればよい」

「この場所はこの世界の最果て。そして、別の世界に通じます。この場所にて、私の名を告げ、道を拓けとお命じ下さい。資格と力があれば望みはかないましょう。ああ、一つお伝えすべきことを失念しておりました。龍の巣穴はもう一つございます。ではおさらば」

 シンハは木々の間に立ち、見えぬ扉を開くとその姿を消した。


 カーズを倒した場所に戻り、休息するように命じていたロダンと合流すると、ガズハは1晩だけ、亜人族の兵士たちと交歓した。改めて戦いぶりを讃え、負傷者をねぎらう。そして、カーズの歯、爪、鱗などを可能な限り採取し、残りは埋めるよう頼んでこの地を後にした。


 何度目かの跳躍を終えたところで、ロダンが口を開く。

「陛下。お話がございます」

「なんだ。城に戻ってからでは遅いのか」

「申し訳ございません。留守が長くなり気がかりでございましょうが、少しだけ時間をくださいませんか」

「聞こう」

「こたびの戦い、不甲斐ない姿を見せ申し訳ありませぬ」

「いや、十分に働いたではないか。それより傷は完全に癒えたのか」

「頑健さのみが取りえゆえ。お心遣いありがたき幸せにございます。なれど、私が負傷しなければ、亜人族の支援なく黒竜を倒すこともできたに違いありません。そうであれば、財宝をすべて陛下のものとしましても……」

「何を言うかと思えばくだらぬ。そもそも財宝などすべて与えるつもりでいたしな。腕の立つ戦士も引き抜けたし大満足だ。城に戻ってから讃えようと思っていたが、うかつであった。ロダンよ。よくやった。感謝しておるぞ」

「陛下……」

「家に帰って父に自慢するがいい。父より筋がいいと褒められたとな。では、我が城に帰るとしよう」


 城に戻った翌日、獣人王カナンが剣の修行をするガズハの元を訪ねた。

「陛下。今日は一人の父親として、ご挨拶にまいりました」

「カナンよ。どうした改まって」

「黒竜との戦いで我が子を救っていただきお礼を申し上げます」

「いや、ロダンは十分活躍したぞ」

「ありがたき言葉なれど、もとより我が子は才能を鼻にかけたところがございました。この戦いで命を落とさずともいずれ増長したあげく、自らの才におぼれたことでしょう。その目を覚ましていただいたこと深く感謝いたします」

「いずれは学んだと思うがな。まあ、そのきっかけとなったのであれば俺もうれしい。カナン、あのような立派な息子を持てて、うらやましいぞ」

「ならば、陛下も身を固められては?」

「いずれはな」


 魔王ともなればモテる。自分たちの一族との関係を深めるため、歓心を買おうと送られてくるものも多いし、何と言っても魔族たちの命を救った救世主だ。ガスハ自身もまあそれなりに相手をするのだが、しっくりこない。そのため、関係が長続きすることはなかった。実は気に入った相手ができれば子を為したいとは思うものの、ガズハの心は踊らない。実はカナンの発言はかなり痛いところを突いていた。


 バハが帰還するのに合わせ、魔族の代表を城に呼び寄せる。新たな族長を選んだ巨人族を含め、すべての族長が顔をそろえる。会議の3日前からカマテーの神殿に籠り出てきたガズハが皆に告げる。

「これより、我が許可なくば、人間族の領域に侵入することは許さぬ。具体的には、ワノルード湖を発し流れる2本の川のうちルード川より東には一切立ち入ることまかりならん。ワノ川とルード川の中州には住むことを認めない。また、今後捕らえられた人間はすべて我が資産とし、その他の者の所有も認めん。異議はあるか?」

 円卓に座り、ガズハは宣言する。あまりに強権的な内容に皆は息を飲み発言するものもいない。やっと、獣人王のカナンが口を開く。

 






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