死闘

 ロダンは半身を焼く痛みと地面にたたきつけられた衝撃で一瞬意識が遠のきそうになった。狼の姿であれば不死身ともいえる回復力を誇る体とはいえ、半身が消し炭のようになった状態からの回復には時間がかかる。ゆっくりと呼吸するがそれだけで激痛が走った。落ちた衝撃で骨がずれ内臓を傷つけたのだろう。激痛をこらえていると昼間というのに暗くなる。見上げるとカーズの巨体が自分めがけて落ちてこようとしていた。この状況では死ぬ。回復が間に合わず死を覚悟した体を誰かが抱えて飛び退った。


 視力の残る方の目で見てみると、ガズハが自分を抱えている。

「すまぬ。無理をさせすぎた。後は引き受ける。ゆっくり休め」

 そう言って、ロダンをそっと横たえるとのたうち回るカーズの方に向き直った。そうしながら、自らの魔力を分け与え始める。


 カーズの巨体の先にはバハが辛うじて生きているのが見えた。片腕は変な方向にねじ曲がり、顔を歪ませながら必死にあとずさりして、カーズから離れようとしている。その姿を苦悶に身をよじるカーズの目が捕らえた。その両目に殺意が宿る。自分をこのように傷つけた虫けら共は1匹残らずなぶり殺しだ。生きたまま食ろうてくれるわ、とカーズはその首を伸ばす。そのとたん、緑色の人影が躍り出て、巨大な盾と剣を打ち鳴らしてカーズの注意を引いた。カーズは新たな餌を見て、思わずそちらにターゲットを切り替える。巨大な右腕を振り上げ、生意気なリザードマンに振り下ろした。


 リザードマンはカーズが自らに狙いを定めて攻撃に移ったと見るやいなや盾を抱え身を隠すようにして後方に跳んだ。その盾をカーズの右腕がたたきつける。自ら跳んだことで勢いを減殺できたのか、遠くまで吹き飛ばされながらもリザードマンに傷はない。コロコロ転がって受け身を取ると、カーズに向かって突撃を開始する。そして、カーズの右腕に剣を叩きつけると僅かに鱗が傷つき体液があふれた。それを見届けることなく、左に転がる。その跡の空間をカーズの左腕が切り裂いた。


 カーズはちょこまかと動き回る新たな敵に怒りの声をあげる。生きたままと思ったがこやつは焼き殺す。そして、狙いを定めて口を大きく開きブレスを吐きかけようとした。


 リザードマンが立ち上がり、刀と盾を構えたとき、カーズが口を大きく開けるのが見えた。今の回避行動で足を痛めたらしく、素早い動きはできそうにない。できるだけ身を丸め盾の中に身を隠そうとする。ブレスの熱にどれほど耐えられるか分からないが、少しでも身を守らねば。しかし、炎が身を包むことなく、新たなカーズの咆哮があがる。盾の端から覗いてみると背の高い一人の戦士が剣でカーズの腹を引き裂いているところだった。その剣はにぶい青黒い光を帯びている。あれは魔剣グラゾバイダ。


 魔剣の使い手である魔王はカーズの攻撃をかわし、切り付けながら、大声で指示を出す。

「投槍器を使え。デカブツに矢では力不足だ」

 バハを安全地帯まで退避させていたゴブリンやオーク達が気を取り直して、投槍器を構えて槍を投げ始める。何本も槍が刺さり、カーズの動きが鈍る。槍を投げてくる小うるさい連中をひとまとめに焼き殺そうとカーズがその首を向けた瞬間、足元からガズハが大きくジャンプし、カーズの首に高速で切り付ける。シュパッ。カーズの首がごとりと地面に落ちた。首からはドバっと緑の血が噴き出し地面に池を作っていく。やがて胴が地響きをたてて横倒しとなり、カーズは活動を停止した。


 疲れ切った亜人族の兵たちが雄たけびをあげ、歓喜の声がこだまする。やがて、その声はガズハを讃えるものとなった。

「龍殺しガズハ。我らの魔王ばんざーい」


 ガズハは手を振り、皆の歓呼の声に応えると、大声で叫ぶ。

「皆もよく頑張った。そなたたちの統率の取れた動き感心したぞ」

 それに対して喚声があがる。部下たちに抱えられるように近づいてくるバハを認めると、ガズハは両手を広げて迎え、労いの言葉をかける。

「バハよ。名誉の負傷だな。我が身の危険を顧みず、陣頭に立つとは見事なものだ」

 思いがけぬ誉め言葉を聞いて、バハの相好が緩む。

「はは。少し油断しましたな。魔王のご助力感謝いたす」

「いや、見事な戦いぶりであった。勇敢な戦士ぞろいでたいしたものだ。そうだ、特にあの者は見事な動きであったな」

 大きな盾を抱えたリザードマンを差し示す。


 バハはフンと鼻を鳴らすと、

「あれは我が家奴で、たいしたものではござらん」

「そうか、して、名は何と?」

 バハは近くに来て片膝をつくリザードマンに向けて言う。

「魔王様のご下問だ。許す」

「はっ。ご下命により申し上げます。ドゥボローにございます」

「なかなかのいい動きであった」

「ありがたきお言葉」

 そう言って、ドゥボローは頭を下げた。


 重傷者とその警護のもの数名を残し、バハ一行とガズハは黒竜の巣を目指す。1日後、最果ての山の中腹にある洞窟に入り、奥に進むとやや広い場所にでた。一方の壁には金貨・銀貨、宝飾品などがまばゆい光を放っている。それを見て皆喚声をあげた。突進しようとする部下たちを制し、バハはガズハにすくいあげるような視線を送る。その視線の意味するところを知ってか、知らずかガズハは、

「バハよ。財宝を前に如何した?これを目当てにはるばる来たのであろう?」

「これはカーズを倒した魔王様のもので」

 すべてを自らのものにしたいという本心を隠してバハは言う。

「いや、この遠征を言い出したのはそなただ。俺は手助けしたにすぎん。お前が受けるべきものであろう」

「すべてを私が頂いてよいので?」

「もちろん」

「それではあまりに」

 なんとか取り分が半々ぐらいにならないか、頭を絞っていたバハは予想外の事態に、らしくもない遠慮をして見せる。

「では、どうだろう。そなたの勇士ドゥボローを我に譲ってもらえぬか?」

 思わずうなずくバハに、ガズハは嬉しそうに告げた。

「では、しかと約束したぞ。この遠征から戻り次第、速やかに我が城に出仕させよ。待っておるぞ」

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