黒竜

 ガズハは悩んだ。自らの努力が不幸への近道を切り開く行為だと言われれば、それに固執するほど愚かではない。しかし、黒竜という第三勢力が人間世界を襲うとなれば、まあ頑張って撃退してくんな、と心の中で声援を送るのが関の山だ。人間の領土に出稼ぎに行くのを禁止して、対黒竜に専念できるように環境を整えてやることもできなくはないが、亜人族と巨人族は強硬に抗議するだろう。あの連中は目先のことしか興味がない。前回の勇者の被害も比較的軽い。世界のバランスという話を理解しようとも思わんし、理解できんだろう。吸血族は、新鮮な血の供給を約束すれば妥協点はありえるか。ただ、人間を利するというだけで反発するのもいるだろうし、話は紛糾するだろう。


 結論が出せないでいるうちに、悩みのせいでガズハはやつれた。そして、黒竜カーズの動向が魔都カウォーンに入ってくる。すると、亜人族を束ねるゴブリンキングのバハが目の色を変えてやってきて、各族長による会議を要求する。そして、その場で1つの提案を行った。これを機会にどこかの王国に攻め込むことを提案することを予測して、密かに溜息をついたガズハだったが、提案内容は予想を超えたものだった。


「カーズの巣には多くの財宝があると聞く。今は奴はおらん。我ら亜人族はやつの巣を目指す」

 それを聞いて、黒トロルのゲトが吠える。

「最果ての山には我ら巨人族のテリトリーの方が近いわ。勝手な真似はやめてもらおう」

 ガズハは思わぬ成り行きに笑いをこらえるのに苦労した。双方の罵り合いを聞いたのち、裁定を求められ、意見を言う。

「黒竜めに気づかれたらどうする。此度は高見の見物を決め込んで、黒竜が倒れるのを待っては?私も不甲斐ないが体調が優れぬ。助力はできぬぞ」

 バハもゲトもむしろ財宝を独占できるとばかり言い募る。

「魔王の出陣を仰ぐまでもない。我が一族だけで十分だ」

「我が巨人族の力をもってすれば、ミミズの1匹や2匹、ひねりつぶしてみせよう」

「そこまで言うならば止めぬ。好きにするがよい。ただ、競うは良いが争うことは許さぬ」


 両者が少しでも相手より早く出立しようと足音高く退出すると、吸血鬼のビジャが苦笑交じりに言う。

「良いのですか?自信満々で出かけましたが、大やけどをするやもしれませぬぞ」

「ならば、お前が説得してみよ。欲にかられたあの2人止められるものではないわ」

「確かに。まあ、首尾よく空き巣狙いに成功しないとも限りませぬな。それよりも、仲たがいせぬよう心配する方がいいかもしれません」

「では、我が息子ロダンにお命じ下さい。我が名代は努められましょう」

「おお、カナン殿のご子息ならば問題ございますまい」

「分かった。では明日登城させよ。直々に命を与えよう」


 黒竜カーズの巣を目指した巨人族と亜人族は結局のところ、黒竜カーズにぼっこぼこにやられることになった。人間の城を襲ったものの、大型弩砲バリスタや魔法によって思わぬ手傷を負い、巣穴で療養中のカーズがいることを知らずに接近し、上空からのブレスで一方的に焼き尽くされた。

 まず、先に進出していた巨人族が襲われ、族長ゲトが巨石を投げつけ一矢報いたもののブレスの直撃を受け戦死。ほぼ全滅に近い打撃を受けた。


 監視役を仰せつかっていたロダンはその様子を遠望すると、直ちにバハの元に急行し、戦況を告げた。その報を聞いてもバハはニタニタ笑うのみで進撃を止めようとしない。仕方なく、ロダンは銀狼の姿に身を変えて、魔都を目指す。急報を受けたガズハはロダンを連れ、バハを連れ戻すべく直ちに向かう。


 ガズハは目を凝らすと遠方に炎の帯を認めた。どうやら間に合わなかったらしい。最後の瞬間移動を終えると戦場の真っただ中だった。木が燃え盛り、肉の焦げた甘ったるい臭いと金属臭が入り混じる凄惨な場所で、亜人族が絶望的な状況の中必死の反撃を続けていた。戦況が不利になると堪え性のない亜人族としては、称賛に値するであろうその行為もあまり効果を上げているようには見えない。


 弓やクロスボウの射撃はほとんど黒竜の鱗に対しては効果がなかった。羽の被膜に何本かが刺さっているが、行動を制限するほどのダメージとはなっていない。ゴブリンメイジの放つ電撃や氷のつぶては多少の効果はあるようだ。もっともその代償は容赦のないブレスの奔流で、身を隠していた木立もろとも焼き払われる。


「ロダン、魔法を使う時間が欲しい」

「承知」

 ロダンは身をゆすって銀狼の姿になると、カーズに接近し、木を次々と飛び移りながら大きくジャンプし、羽にとりついた。爪で引き裂き、牙を立てる。たまらずカーズは首をひねって、小癪な銀色の毛の塊にブレスを吹きかける。ロダンは危機を察して、羽を離して逃れようとするが、その半身を炎の奔流が包む。たちまち毛が焼けて黒焦げになり地上に落下した。


 ガズハが、火のついた枝を地面に刺し呪文を唱えると、地面に赤い線で円と六芒星が描かれ、魔方陣が完成する。枝が一気に燃え上がり、全身を炎に包まれた女がその姿を現す。炎の女はガズハに向かって妖艶な笑みを浮かべ問うた。

「あら?いい男。私の熱い接吻をお望みかしら?」

「いい女を前に残念だが、それはまたの機会にしてくれ。火炎魔人よ、無粋な望みで悪いがあいつにそなたの抱擁を」

「蛇はあまり好きじゃないんだけど、いい男だから望みを聞いてあげちゃう。ただあの子私の抱擁じゃ焼き尽くすのは難しそう」

「炎への抵抗があることは承知。羽さえ焼ければ十分だ」

「わかったわ」

 魔方陣の中で女が身もだえすると黒竜カーズの羽が消滅した。叫び声を上げながらカーズが地面に落下する。

「残念。やはりまだあなたとの相性がイマイチね。もっと魔力が同調できればもっとすごいことができるわよ。今日のところはここまでね。ダーリン」

 火炎魔人の姿がかき消え、魔方陣の光も弱まっていく。


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