予言

 もう随分と昔のことになるが、ガズハが魔王となったのは、先代の魔王が、先代の勇者に倒されて、魔界がめちゃめちゃになった後のことだ。先代の勇者は聖王国カシール出身でアズロヤーマの敬虔な信徒だった。魔族はこの世の悪であり、倒し浄化すべきものと固く信じ込んだ勇者は、その能力を最大限に生かし、魔族を殺戮して回った。勇者が通った跡には草も生えないとまで言われた。


 ただ、勇者一人だけなら、所詮は一人である。広い世界に散り散りになれば生き延びる可能性はまだあった。しかし、カシール王国の神官戦士団、これまたアズロヤーマの敬虔な信徒が勇者の取りこぼしをつぶしてまわった。さらに最悪だったのは、エラン王国の騎士団である。騎士団とは名ばかりのごろつきの集団で、魔都カウォーンの防衛を勇者が突破した後を襲ったのがこの連中だった。神官戦士団をして、どちらが魔族の所業か分からないとまで言わしめたエラン王国の騎士団の活動で、魔都カウォーンの住人はいなくなった。


 急速に魔族の勢力は衰退していく中で立ち上がったのが、ガズハと吸血鬼ビジャ、ロダンの父人狼カナンである。


 まず、勇者によって倒された先代魔王の剣を保管するカシール神官戦士団が魔王の秘めた財宝を独り占めしているとのうわさを流し、欲にかられたエラン騎士団に襲撃させた。奇襲を受けてなお善戦する神官戦士団の背後から襲い掛かり、神官戦士団を殲滅する。そして、取り戻した魔剣グラゾバイダを手にしたガズハがエラン騎士団を壊滅させた。


 そして、廃墟となったカウォーンのカマテー神殿跡で即位したガズハがカマテーの加護とビジャ・カナンの支援を受けて勇者に臨んだ。ガズハは若かった。今よりは愚かで無鉄砲だが、若さからくる一途さと修行に倦まぬ勤勉さを有した若者は決死の覚悟で勇者に挑む。

「0.1%しかダメージが通らないなら1000回攻撃すればいいじゃない。うおおおおお」

 脳筋理論とガズハの鍛錬の賜物である神速剣のお陰で辛うじて先代の勇者を倒すことに成功する。


 こうして、何とか絶滅の危機を逃れた魔族は、新魔王ガズハの元、再建に励む。そんな中、ガズハの元をとある者が訪れた。いつものように午前中は自らの剣の鍛錬、午後は統治者としての政務に励み、夕食後に魔法の研鑽を始めたところに異変が起きる。火をともしたろうそくを置き、火炎魔人を召喚する呪文の詠唱を始める。ろうそくを中心に紅い魔方陣が浮き上がり、ガズハがいざ召喚しようとしたときだった。赤色を発していた線が七色の色を帯び、線形が乱れたと思うと、その魔方陣の中心には、一匹の猫がいた。


 猫はコロコロと良く太っており、2本足で立っていた。そして、白い渦巻きが描かれた真っ青なつば広の帽子を脱ぐと帽子で床を払うようにし、腰をかがめてお辞儀する。

「私はシンハ。見ての通りの旅人です。突然のご訪問ご容赦を」


 ガズハは驚いた。この魔王城の最上階には強力な守りがかけてあり、ガズハと言えども外部から魔法の行使はできない場所のはずだった。それなのにこの自称シンハという猫はこともなげに自分の目の前に立っている。これはかなりの実力者と見なくてはならないだろう。その驚きが表に出ぬようのんびりと答える。


「確かに招いたわけではないが、故あってのことであろう。ガズハだ。用向きを言え」

「お忙しいご様子なので、単刀直入に申し上げましょう。お味方を増やし、人間を減らす行動をお控えください。それは巨大な災いを呼び込むでしょう」

「つまり、我らは一方的に人に虐げられていれば良いと?」

「そのような殺意を向けられますな。良かれと思い申し上げた言の葉に斯様な反応、少々無粋では?」

「善意がすべてこの世の幸をもたらすならば、苦労はせぬ。むしろ善意が導く地獄の方が救いがなかろう?」

「ハハハ。さすが、この数百年で一番と見込んだ方であらせられますな。この世の真理に通じていらっしゃいます。では、申し上げましょう。魔王がこのまま魔族の繁栄に尽力されたとします。魔族と人とのバランスは大きく崩れましょう。そのタイミングで勇者の資質を有したものが死ねばどうなると思召されます?」

「どうなるというのだ?」

「新たな者に勇者の魂が転生いたします。意志強く、既に力を有した者に。数年前の惨劇が繰り返されることでしょう」

「まて。前回の勇者の襲来から5年。まだ、我らの傷が癒えたとは言えぬ。我らと人間の戦力、それほどの差があるとは思えぬぞ」

「間もなく、黒竜カーズが活動期に入ります。人間の住む地方は大打撃を受けましょう」

「何?あの長ミミズめが。なるほどな。しかし、ならばどうする?勇者を恐れて手をこまねくだけという訳にもいくまい」

「勇者が命を失う時、その状況に応じて、赤子か、力を持つ者か、いずれかに転生いたします。赤子であれば、成長するまでの20年、束の間とはいえ穏やかな時を享受できます」

「私にその20年を選択せよと?」

「賢き王よ。その選択を私は強制できませぬ。ただ、束の間の平穏は考慮する価値のないものと思召すか?今の勇者はその資質を表すことなく死にます。これは避けようの無き定め。それを如何様に?」

「そなたの言葉は真実であろう。戯言を言うには手がかかりすぎておる。しかし、なぜ、それを我に告げる。何が望みだ?」

「この世界の理は、神と称する者の意が強く働き過ぎております」

「それが神の摂理ならば」

「受容されますか?私には少々戯れが過ぎるかと。魔と人とどちらも自らのお遊びの手駒として弄びすぎと考えまする」

「それで、我に手を貸すと?」

「残念ながら、手を貸すことはできませぬ。私は単なる傍観者。手を出せばその資格を失います。されど、方々の命がけの劇、主演者に感想を述べることぐらいは」

「分かった。しばし熟慮しよう。今後もその感想聞かせてもらえるのか」

「時は去りました。そろそろお暇を」

「待て。いましばし話をしたい」

「時がくれば、またお会いすることもあるでしょう。選択を誤らなければ」

 そして、魔方陣が消え、猫も姿を消した。




 

 

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