昔話
家の屋根に上り、ガズハは星を見上げていた。下では、ロダンがドゥボロー相手に酒を飲んで騒いでいる音が聞こえる。そこへ、屋根裏部屋から続いているくぐり戸を通って、シャーナが顔をのぞかせた。
「父上、お邪魔ではありませんか?」
「んあ?別に何かをしてるわけではないぞ」
「お考え事をされているかと思いました」
「いや、まーったく何もかんがえておらん」
「では何を?」
「星を見ていた」
「星の動きを読んでおられていたのですね。失礼いたしました」
あわてて立ち去ろうとするシャーナを呼び止める。
「うんにゃ、ただぼーっと眺めていただけさ。で、何か用があるんだろう?」
「父上。昼間は父上に詰問するなど、無礼な振る舞いご容赦ください」
「なんだ、そんなことか。気にしてないよ。美しい女性にあれほど罵倒されると何か新しいものに目覚めそうだったがね」
「またそのようなことを……」
「まあ、伝説の勇者がものすごい災難なのは確かだ。お前があのように主張するのも無理はない」
「お許し頂きありがとうございます。では私はこれで」
くぐり戸を通りながら、
「それから、お昼のカーシャ、大変美味でございました」
その言葉を噛みしめながら、ガズハは再び星を見上げる。久しぶりにあやつを訪ねてみるか。
翌朝、食事を終えるとガズハは告げた。
「ちょっと遊びに出かけてくる。留守は頼むぞ」
「陛下。それでは私めに随行をお許しください」
「んー。ドゥボロー。お前には別にして欲しいことがあるんだ。私が留守中、ロダンと娘と共にこの村を守ってくれ。勇者の覚醒で世情の不安から問題が起きるかもしらん。不測の事態に備えておいてくれ」
「父上」
「お前たち3人がいれば安心して出かけられる。なるべく早く帰るつもりだ。頼むぞ」
そこまで言われると皆従うしかなかった。
支度をして家を出、別れを告げるとガズハの姿はかき消えた。
ガズハは遠い北の山を見据え、まばたきをする。その山の木の上に現れたガズハは再びまばたき。見える範囲へならほとんど魔力を消費せずに移動できる魔法だった。もっとも魔力の消費が少ないのは、魔人ガズハだからこそであり、常人であれば、5年ほど修行を積んだところで2度跳ぶのが限界であろう。
そうして何度か跳躍を繰り返して、ガズハは最果ての山の山裾に着いていた。山裾の森でひと際高い2本の木を見つけるとその間に立ち、ガズハは手に魔力を集中して解呪の魔法を唱え、見えない扉を押し破った。チャリーンという甲高い音と共に2本の木の間の森の景色がバラバラに崩れ落ち、その中の漆黒の闇の中に吸い込まれていく。
気づくとガズハは部屋の中に立っていた。正確に言うと部屋ではない。床はあるが、壁と天井は無く、闇の中に床だけが浮いているような状況だ。床には敷物が敷いてあり、向かい合わせの一人掛けのソファとその間のテーブルが置いてある。ガスハはその片方に座って、目を閉じた。
どれほどの時間がたったのだろう。ガズハがかすかな気配に目を開けると目の前のソファに小柄な猫が座っていた。猫人ではなく、猫そのままの姿で、そのくせ人のように後脚を投げ出し、腕を組んでソファに背を預けている。
「誰かと思ったら、やはり君か」
「久しぶりだな。星の旅人シンハよ」
「それで君から訪ねてくるなんてどういった風向きだい?」
「昔話をちょっとしたくなってね」
「僕にとって、今日は明日で、明日は昨日だ。昔と言うのはいつのことかな」
「君にとっては、時間も場所も意味がないのは知っている。ただ、あの時を共有した思い出話をしたくなってね。覚えていないなんてつれないセリフはやめてくれよ」
「ふむ。まあ、わざわざ訪ねて来てくれた友人だ。歓迎するよ」
「ありがとう。以前、魔王と勇者について議論をしたことがあったね。私が魔族の振興にやっきになっていたときだ。確か君は言った。『この世界は縛られている、だからバランスを崩すことはやめるように』と」
「ああ、君の世界はね。小賢しいバランス調整の為の力が働いているよ」
「その調整のきっかけは、魔族の総力が人間のそれを上回ったときでよかったかな?」
「そのとおり」
「そして、その調整は勇者と言う存在の覚醒によって行われる」
「またしてもそのとおり。お互いに知っている話だね」
「そう言ってくれるなら話は早い。では教えてくれ。神の摂理をも超越する者よ」
ガズハは問を発し、シンハは答える。
「教示感謝する。新たな道が見えた気がするよ」
「おや、もう帰るのかね。せっかちだな」
「すまない。またいずれ」
気づけば、ガズハは最果ての山の森の中に倒れていた。日はかなり傾いている。心身の疲労はかなりのものだが、まだ魔力は辛うじて残っているのを感じた。家路を急ぎ帰宅すると、シャーナが聞く。
「まる2日間以上も家を空けて、どこで何をされていたのですか?」
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