勇者覚醒
ロダンは姿勢を改めるとガズハの方に向き直る。
「ここでお話しするのはいかがかと……」
「なーにかしこまっちゃてるのロダンちゃん。身内ばっかしだし気にせず話をしなよ」
「よろしいので?」
「気を持たせるなあ。これでつまらない話だったら、もふもふの刑だぞ」
「父上、それは、もふもふがしたいだけなのでは?」
「そんなことはないぞ。いや、なくはないか。うーん、ひょっとしたらそうかもな」
元は近衛の一士官でしかないドゥボローが気をきかせて、
「陛下。私は、洗い物をしてまいります」
そう言って、出て行こうとするのを止めて、
「いや、洗い物は後でいいよ。それよりも一緒に聞いといて、また後で私から話すのもメンドクサイでしょ?」
そして、目線でロダンを促す。
獣人族の元王子だったロダンは、肩の筋肉をモリモリと動かして器用に肩をすくめると、そういうことならと話を始めた。
「魔都カウォーンは混乱の極みにあります。伝説の勇者が覚醒したとのことで」
「それは真か?父上、これは放置できる事態ではないと思われますが」
衝撃を受ける娘やドゥボローの顔を眺めながら、ガズハはのんびりとした声を出す。
「ほう、それは大変」
「父上、のんびりしている場合ではありませんぞ。歩く迷惑、傍若無人、殺戮兵器の勇者が現れたとなれば、即刻対策を練らねば」
「で、どの王国に現れたのだ?」
「エラン王国とのことです。七王国のうち、もっとも魔都カウォーンに近いですな」
ガズハは眉間にしわを寄せた。ふむ。我ら魔に属する者たちが住まう領域は、この大陸の西寄りにあり、人間の住む領域は東寄りにある。人間の住む地域には7つの王国があり、それぞれ敵対したり、和解したりに忙しい。数が多いだけに一致団結されれば、我らにとってもかなりの脅威になるのだが……。さて、勇者が現れたのはエラン王国か。現国王は貪欲王ズパーゼ。貪欲、吝嗇、荒淫、残酷、無能と全くいいところがない奴。貴金属の埋蔵量が多い地域を抱えているので比較的裕福なはずだが、実際のところはなあ……。
「父上もあんな顔ができるのだったな。忘れていたぞ」
「まあ、流石に、この緊急事態ですからな。少しはまじめに考えられるかと」
「陛下は、元々聡明な方であらせられます。普段は隠しておられますが」
「いやー、それは買いかぶりすぎじゃないか。昔はともかく今はなあ?」
「ああ、我が父ながら、時として……」
なあ、ヒソヒソ声、ぜーんぶ聞こえてるんだけど。折角、久しぶりにちょっとは世界情勢なんか考えてみようと思ったのに、これじゃ、全然集中できないじゃん。やーめた、やめた。ガズハは額の真ん中を指先で一もみすると、
「まあ、その辺は、魔王ビジャの奴がなんとかするだろう。おりゃ、しーらね」
「ちちうえッ」
シャーナがまなじりを吊り上げ、怒声を発する。
「あーあ、折角の美人がそんな顔じゃ、台無しだよ。こんなに気が強いと嫁の貰い手がいなくなっちゃうよ」
「そんなことはこの際どうでもいいのです。勇者がここに来たらどうするおつもりですか?」
「やー、こんなド田舎に勇者は来ないでしょ。なんのかんのと理屈をつけても、所詮は殺戮・暴行のうえで魔族の財産奪うのが目的なんだから」
「ガズハ様、しれっと恐ろしい事をおっしゃいますな。それだけ、分かっていながら、魔都カウォーンはお救いになられませんので?やはり追放の恨みは忘れられないと?」
「んなわけないだろう?あの連中の上でバランスとって魔王やるのもすごく疲れるのよ。霊冥族、吸血族、巨人族、亜人族、獣人族。みーんな好き勝手なこと言うからな。20年もやったら責任感もすり減るわ」
「さようでございますか。まあ、お気持ちは分かりますし、私もその我儘な連中の一員でございますので、申し上げにくいのですが……」
「父上。下々の者にとって、父上の追放は預かり知らぬこと。力なきものが蹂躙されるのは哀れと思われぬのか?私ごとき若輩者がこのようなこと申し上げてはお気に触るやもしれませぬが」
「お前そう言うけどね。勇者だよ勇者。あのクソ神アズロヤーマの加護受けてるんだよ。魔族からの攻撃カット率99.9%ってどうよ?さらに魔族へのダメージ増加率10倍ってさ。まじめに相手してらんないって」
「なればこそ、我らの守護神カマテー様の加護のある魔王の出番なのではありませんか?」
「だからあ、もう魔王じゃなくなっちゃたんだもん。そんな加護無いし。ビジャが相手すりゃいいんだよ。とりあえず俺は引退して余生を過ごす一介の世捨て人だかんね。知ーらんぽいっと」
そう言って、ガズハは食器を持ってそそくさと厨房へ行ってしまった。
「父上があのように薄情な方だとは、見損なった」
シャーナがそう息巻くのを、ドゥボローとロダンは面白そうに眺めている。
「なんだ?何がおかしい?」
ガハハハハ。ロダンはついに我慢しきれなくなって笑い出した。
「シャーナ殿。父上はきちんと考えていらっしゃいます」
「なんだと?」
「そもそも、何もする気が無ければ、私を使いに出されたりしません。あのお方はそういうお方なのです」
ドゥボローもうんうんと頷いている。
「では、なぜあのようなふざけた態度を?」
「それはいつものことでございましょう。生き方は生き方です。まあ、まだお考えがまとまっていないのでしょう。いずれお話があるはずです。シャーナ殿はガズハ様の大切な娘なのですから」
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