隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!

新巻へもん

昼食

 元魔王のガズハはこれ以上はないというほどの真剣な顔である作業に取り掛かっていた。

 伸ばして、畳んでと……。

 うん、いい出来だ。ここ数カ月で最高の出来かも。自然に笑みがこぼれてくる。うふ。うふふふふ。やはり、私は天才かもしらん。ガズハが両手の粉を布切れで拭きとり、次の工程にかかろうとしたその時、やや呆れたような声がかかる。

「父上……」


 振り返ると戸口にガズハの娘シャーナが佇んでいた。

「なんだ、シャーナ。ちょっと待っておれ。もうすぐ出来上がるからな」

 シャーナは小首をかしげ、何か言いたそうにしていたが、結局黙ってガズハをみている。


「ドゥボロー、湯加減はよいか?」

「はっ。準備万端であります。陛下」

「おまえさー。もう、いい加減、その陛下ってのやめない。もう、俺、その名前で呼ばれる身分じゃないし。それにイチイチそんなんじゃ肩凝るでしょ?」

「いえ。私は体の構造上、肩が凝ることはありません。それに、私にとっての陛下は一人のみです」

「うーん、まあ、今はそれより大事なことがあるから、呼び方の話はあとにすっか」


 目の前の薄く伸ばした生地の塊をガズハは左手にそっと乗せる。そして、ちらりと娘の方を振り返る。お、ちゃんと見ておるな。どれ、私の華麗な妙技を見せてやるとするか。左手の生地を空中に投げ上げる。そして、腰に下げた長刀を抜くやいなや、目の前の生地に正確に1006回切り付ける。刀を鞘に戻すパチンという音と共に、バラバラになった生地が台の上に落ちてきて小山となった。


 完璧だ。すべての生地はすべて同じ幅で切断されている。フェアリーの翅の厚みの狂いもない。くくく、わははは。ガズハは我ながら浅ましいとは思うものの、得意満面の顔で振り返り、愛娘シャーナの賛辞を期待する。


「すごい才能の無駄遣い」

 小さな声でつぶやく娘。

「なんと言った?」

「さ・い・こ・う・に」

 うむ。ありきたりではあるが最高とな。

「能力の無駄遣いだと言っておりますッッ!」

 えええ。そうじゃなくて、この生地の感想聞きたいんだけどな。

「かつては、魔王中の魔王ガズハと呼ばれた父上が、何をなさっておるのですか?!女童のように厨房に入り浸り、そのようなものをこね回して。そのお腰に佩いた魔剣グラゾバイターは、山を穿ち、海を切り裂くという……」


 また、始まった。

 確かに、私はこの間まで、魔王はやっていましたよ。ざっと20年ばかし。もうちょっとか?でも、今はもう違うしねえ。

「ね、そんなことより、今日の出来の感想をお父さんは聞きたいんだけどなあ?」


 大きな声でまくし立てていたシャーナは、虚を突かれたようにしゃべるのをやめる。そして、一息大きなため息をつくと、

「ええ、ええ。父上の作るカーシャは最高です。今日のもいい出来なんじゃないでしょうか」

 なんか投げやりな気もするけど?

「陛下。僭越ながら申し上げます。私にも最高の出来かと」

 そこへリザードマンのドゥボローがいつものような四角四面な口調で賛同する。


 ガスハは気を取り直し、沸騰したお湯に、先ほどの生地を慎重に入れる。中でくっつかないようにしながら、精霊魔法を唱え火炎魔人を使役し火加減を調整、生地の投入で下がった湯温を素早く上げる。再び、グラグラと沸騰したところで火を消す。植物の蔓で編んだ籠にお湯ごとさっと空け、先ほど裏の清水で汲んだ水に、氷結魔狼に命じて作った氷を入れた容器の中で手早くしめる。こうすることで、カーシャのツルリとした喉越しとコシができるわけだ。


 わが父よ。火炎魔人も氷結魔狼も最上級精霊。ひとたび解き放てば中隊規模の部隊を一瞬にして黒焦げにし、粉々にできる力がございます。そのような些事に用いるものではないのでは?

 ピンク色の花柄のエプロンを付けたガスハを見つめるシャーナの心の中の問いかけは、もちろんガスハには届かない。


「よし、できたぞ」

 ドゥボローとシャーナが手分けして、カーシャの入った器とそのつけダレを食堂に運ぶ。そこへ折よく人狼ロダンが帰宅し入ってくる。

「おお、ちょうどよいところに。さすが食い意地が張っているだけのことはあるな。お使いご苦労だった。まずは食事としよう」


 皆で席に着くと、カーシャを食べ始める。ずず、ツルツルという音が響き、ものすごい勢いでカーシャが減っていく。みな、2本の細い棒で上手にカーシャを掴み、つけダレにつけて口に運ぶ。さて、私も食べるとするか。ガズハが口に含むとカーシャの香気があふれ鼻に抜ける。続いてつけダレのしょっぱさと甘さの調和した味わいが広がった。うまいぞおおお。感動でガズハの体から魔力があふれてしまう。一瞬、魔力の奔流に驚いた皆もすぐに気を取り直して、食事を再開する。そして、山ほどあったカーシャは瞬く間になくなった。


 残ったつけダレに別にとっておいたカーシャのゆで汁をドゥボローが注いで回る。それをゆっくりと飲みながら、ガズハはいつものような幸福感に浸っていた。皆の無我夢中な姿、満ち足りた笑顔が何よりの賛辞。


 低地で、その粉を引き焼いて主食とするダッチャは、この冷涼な気候の高原地帯ではあまり良く育たない。そこで、今、居を構えるこの高原地帯に自生するカーシャの実をすりつぶし、引いた粉をダッチャの粉と混ぜ合わせつくったのが先ほど食べたカーシャだ。粉の配合割合、水加減、こね方など試行錯誤の末に、この最高にうまいカーシャがある。これを生み出すことができたことはガズハの生涯の誇りだ。皆を飢えから救うだけでなく、毎日の喜びを作ることができたことは、上に立つものとして当然の責務とはいえ、それを成し遂げた喜びは無上のものとガズハは考えていた。


 満足感に浸っていたいが、いつまでもという訳にはいくまい。ガズハはロダンの方を向いて尋ねる。

「で、魔都カウォーンの様子は?このところの慌ただしさの原因は?」 


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