第10話 三人称・多元視点 ~伝達節の省略と、視点切替の為の5つのステップ~

 久々に創作論的なテーマを扱うWeb小説素人日記。


 どうも私は三人称多元視点が好きで、それも視点をコロコロと変えたり、キャラの心情を直接的に書きたいという拘りが強いらしい。

 などと当作の第3話で『自由直接話法』に関するエッセイを書いてからはや半年。あれからも色々と、試行錯誤を繰り返しておりました。


 そうして、自作でも色々な試みを注ぎ込み、ノウハウサイトやWebで公開されている資料なんかも読み込んで……最近になってやっと『こう書けばスムーズに実現できるのでは?』と、おぼろ気ながらに見えて来るものがありました。


 それは、伝達節の省略と、視点切替の5つのステップ。


 それをアウトプットすることで、頭の中を一度整理してみようという魂胆です。今回は一つの例文を元に、二つのテーマで考えを整理してみたいと思います。


=====

例文)

 啓一はスマホで何度も時刻を確認しながら、ソワソワと駅前に立っていた。クラスメイトの京子と、ふとした話の流れから一緒に出掛けることになったのだ。高校二年生の彼にとっては、人生で初めてのデートと言えた。


「お待たせ!」


 背後から声を掛けられた。啓一が振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた京子がいた。

 春らしい白のワンピースに、細い銀のネックレス。口元はほんのりとした桜色。髪の長ささえも、いつもと違うように感じられて……そんな彼女の雰囲気に、つい、啓一は言葉を飲んでしまった。


「ん? どうしたの?」

「え、あ、な、なんでもない。じゃあ、い、行こうか」


 言葉がスムーズに出てこない。何か気の利いたセリフでも浮かべばよいのに、歯切れの悪さだけが目立ってしまった。


 そんな啓一の様子を見て、京子の中には少しのいたずら心が芽生えた。

 ……彼は既に背を向けて、ギクシャクとした動きで改札に向かっている。

 そんな彼の腕に、唐突に抱き着くとどんな反応をするのだろう?

 まぁ、そんなことが自分に出来るわけないのだけれど。


=====


 こんな例文を書いたうえで、ポイントを二つ。


 ◇


①「地の文」と「キャラの思考」は必ずしも明確に分かれている必要はない

 三人称小説の場合、地の文を「文語体」で書き、会話や思考については「口語体」で書き分けたり、或いは「誰が」の部分を明示することで、読者は『誰が語っているのか』を判断しやすい。


 けれど、書かれた文章が「地の文」と「キャラ」のどちらとも取れる表現が、小説では可能……という話。


 三人称で書いている文章なので、一般的にはカギカッコ「」以外は全て地の文、つまり語り手の言葉ということになる。けれど、六文目『言葉がスムーズに(略)しまった』は語り手の言葉なのか、啓一の言葉なのかが明示されていない。そして、どちらとも取れる文章になっている。


 これは伝達節(誰の言葉か)を省略すると起きる現象で、伝達節を明示すると以下のようになる。


=====

 啓一の口からは言葉がスムーズに出てこない。何か気の利いたセリフでも浮かべばよいのに、とも思ったが、歯切れの悪さだけが目立ってしまった。

=====


 どちらが良い・悪いではないと思うけれど、上手く使うことが出来れば、キャラの思考を直接的に描くことが出来る。直接的に描く……つまり、読者とキャラの距離を近づけることが可能なのでは、と。シーンによっては敢えて伝達節を省略することで、表現の幅を広げることが出来るかも知れない。


 ちなみに、この『伝達節を省略する』書き方は自由直接話法、或いは自由間接話法とも呼ばれている。ただ、厳密な定義や区別は今も議論を呼ぶところ、というよりかは曖昧なものだそうで……うむむ、やはり奥が深い。


 ◇


②視点切替の為の5つのステップ

 例文では、短い文章の中で三つの視点が盛り込まれている。

 客観的な視点(語り手の視点)→啓一の視点→京子の視点、といった変化。


 ここでの視点切替には一つ工夫がある。それは『視覚』の描写。視覚をポイントとした切替を行い、且つ①で記した「地の文とキャラの思考を曖昧にする」ことで、より切替をハッキリとさせる効果を生み出す。


 例文での客観視点から啓一視点に切り替わった流れを整理すると、以下の通り。


 1.啓一が声を掛けられる(キッカケ)

 2.啓一が振り返る(行為・動作)

 3.啓一の視界に映った景色の描写(知覚表現)

 4.3に対して啓一が感じた心情の描写(知覚抽出)

 5.伝達節を省略した思考の記述


 更に、もう少し具体的に例文を当てはめると以下のようになる。


 1.背後から声を掛けられた。

 2.啓一が振り向くと、

 3.そこには満面の笑みを浮かべた京子がいた。春らしい白のワンピースに、細い銀のネックレス。口元はほんのりとした桜色。髪の長ささえも、いつもと違うように感じられて……

 4.そんな彼女の雰囲気に、つい、啓一は言葉を飲んでしまった。

 5.言葉がスムーズに出てこない。何か気の利いたセリフでも浮かべばよいのに、歯切れの悪さだけが目立ってしまった。


 実際には4と5の間に二人の会話文が挟まっているが、視点の切替という意味では省略しても構わない。

 次いで、京子視点に切り替わった流れは以下の通り。


 1.啓一がギクシャク(キッカケ)

 2.京子がその後ろ姿を見る(行為・動作)

 3.京子の視界に映ったものの描写(知覚表現)

 4.3に対して京子が感じた心情の描写(知覚抽出)

 5.伝達節を省略した思考の記述


 厳密にカッチリと当てはまるわけでは無いけれど、概ねの流れは大体同じ。


 この5つのステップを基本的な流れとして踏まえれば、視点切替も容易に実現出来るのではないだろうか。

 

 また、例文では視覚を用いており、これが一番手っ取り早いのだけれど、これは視覚でなくとも応用が利く。

 例えば聴覚、嗅覚、味覚、触覚……キャラの知覚、それをポイントにすることで、視点の切り替えはスムーズになる。


 そして、この5つのステップはあくまで一例。他にも効果的な方法はきっとあるはずで、これからも色々と試行錯誤を重ねる道すがら、とご理解いただければ。


 ◇


 三人称多元視点(いわゆる神視点?)は複数人物の心情を表現できる反面、視点の移り変わりが読者へ負担を掛けるデメリットがあると言われます。けれど、上記のようなプロセスを踏まえれば、シーンによっては効果的な演出が期待できるのではないか。


 映画や漫画での表現と異なり、小説はどうしても制限が発生する。けれど、上述のような方法を扱うことが出来れば、ワンシーンの中でも複数人物の思考を描くことが可能になり、それは表現の幅を広げる……事に繋がるのではないか、と。


 例えば自作では、戦闘シーンで視点をころころと切り替えていて、爆音、閃光、火薬の匂い、殺気、攻撃……戦闘シーンは知覚に訴えるキッカケが大量にある為、上手くポイントを拾えれば自由自在に描ける可能性がある。


 とは言え、私は残念ながら言語の専門家ではなく、誤った内容もあるかも知れません。その際は是非、ご指摘いただければ幸いです。


 最後に、改めて上の例文について。

『あの文章はやっぱり違和感を覚えるよ!』

 という事であれば、ぜひ、お教えいただきたいのです。ここに書いた方法で、どれだけの方が違和感を覚え、或いは覚えないのか。お伝えいただければとても幸いです。


 そんなお願いを残して、今日のエッセイこれでおしまい。



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参考文献:

 滋賀大学 出原健一氏・著『自由間接話法の認知プロセス ─マンガ学を手掛かりに(前/後)─』

 他多数


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2019年7月21日追記:

 このエッセイを書いてから後、とある方々と視点切替についてディスカッションする機会がありました。

 その内容を記事にまとめられた方がいまして、もし興味があれば、こちらも併せて覗いてみて下さいまし。


 ■作家の味方『小説における人称・視点の切り替え方法|初心者のための小説の書き方』

  https://sakka-no-mikata.jp/2019/05/18/viewpoint-switching/


 ■作家の味方『小説における人称・視点は切り替えない方が良い?』

  https://sakka-no-mikata.jp/2019/05/21/post-6557/

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