第13話 10月中旬の1日

私の新たな仕事も順調だ。あちこちで「新しい仕事になって、どうですか?」と聞かれるのに、とても真面目に「とても楽で良いです」と答えてしまうほどに楽だった。


後から上司に言われて気がついたのだが、みんなが聞いてくる「どうですか?」は「今、死にそうな程に大変ですか?助けましょうか?緊急事態エマージェンシー?」という意味ではないらしかった。

期待されていた返答は「どうですか?」と聞かれたら「〇〇が大変で……。とてもお世話になっています」といった雑談だったのだ。

決して、キリッと決めた顔で「まだ限界じゃないよ、まだまだ走れるぜ!」と元気よく返答することではない。


私としては「まだまだ頑張れますよ」という意味で返答していたと伝えたら、意思疎通の難しさと、私と世間常識の間の深い溝に爆笑された。

想像通りではあったが、どうやら私は頭脳派ではなく、やっぱり肉体派のようだった。動いているうちに解るタイプだ。


そして、まさかではあるが、私が新しい仕事に適応する前に、私の非常識さに上司が適応した。



「今日、定時に上がりますね」

「どこか行くの?」

「いえ、今日洗濯しないと明日着るものがないです」

「え?服何着持ってるの?」

「2着です。下着は3枚ありますよ!」



日常なんてことない会話で上司がまた私と常識の間の溝を見つけたらしく爆笑している。下着は3枚あるから余裕がある、決して連日履いて不潔ではないと表明したはずが、私の意図通りには伝わらなかった。


UNIQLOやGU等の格安プチプラの服で仕事に来て良いと教えて貰って、またこの辺りのお店なら更に割引安くなると忠告アドバイスまでくれた。

本当に親切な上司だ。私が色々とやらかし過ぎたせいもあると思うが、とても丁寧に教えてくれる。



「じゃあ、明日で良いからあれとこれと、あと昨日教えたあれもしてね」

「はい!」



前職で教えられたように返事はとりあえず「了解はい」もしくは「承知イエス」。

とても親切な上司だけど、やっぱり仕事が多いような気がする。気のせいでなければ、私の仕事は私と同じ同僚、入社期は私より早いから私の先輩たちよりも多い。


私がアホな分、私に仕事を教える手間があるだろうに。上司から色々と仕事を振ってもらえるのは助かる。

自発的に仕事を見つけるというのは、私にはまだできない。


民間に就職した友人から話を聞くに、私の今の職場はちょっと灰色グレー。私は楽だと思ってるし、楽しんでいるからブラックではないぐらいの職場のようだ。


でも、安心して欲しい。常にお仕事が追いかけてきて、ベッドに入れば仕事爆撃明日までにお願いで起こされるような漆黒ブラック組織を私は知っている。

底辺が底辺だ。これよりも底辺に行くことはそうそうない。むしろ、そんな風になったら遠慮なく退職する。限度を覚えたから、全くの無駄な経験というわけにはならなかった。



「先に失礼しますね」

「ちゃんと洗濯しなね!」

「はい!あと、フリマアプリで格安の服を買います。アドバイス、ありがとうございます」



安い服で良いなら週5洗濯しなくても間に合う程度の枚数が欲しい。どの組み合わせでも着れる服でないと、失敗する可能性もある。

トップスホワイトボトム濃紺ネイビー上着ジャケット濃紺ネイビーにしよう。


雑誌社なのに、服装が簡単過ぎるのは不味いかもと思いながら、蓋がもげた洗濯機の電源スイッチを押した。

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