第14話 10月下旬の1日

ほおと息を吐き出せば息が白くはまだならない。少し冷たい風が通るようになったが、まだまだ冬にはなっていないようだ。


彼が短期の派遣を繰り返すうちに、班長は数名の問題隊員パワハラ野郎に転勤を命じたらしく、通常通りの勤務でも彼の笑顔が戻ってきた。

更には職場環境を改善できなかったお隊長にも笑顔で三行半役立たずを突きつけたらしく、首がすげ替えられた。

味方にするべきは補給・総務人事とはよく言ったものだ。元職場であったことを感謝する。



「春からね」

「うん」

「3ヶ月、長期の派遣に行ってくる」

了解そうか



私も行ったことのある体力勝負の職場だ。しかし、心的外圧ストレスはない。それに私の元部下がいる安心できる場所だ。頼れる味方がいるところにしか、今の彼は出せない。

急に泣き出すことはなくなったが、吐いたり、寝れずにいる姿はまだ見かける。彼は私と違って繊細にできているのだ。


味噌汁をすすりながら「了解そうかそうか」と話を聞いていく。

後輩もやってきて、彼にも少しだけ余裕ができたようだ。雑用仲間が増えれば、その分、別のことができる。聞けば、新しくやってきた後輩も私の知り合いだ。


端末スマホで、挨拶だけ送っておこう。元気か、そこは真黒ブラックだから程々に怠惰サボれよ。まったく丁寧なご挨拶だこと。



「ねえ」

「どうしたの?」

「ありがとう。君は仕事、楽しい?」

「うん、まあ楽」



トイレ行きたいと言わなくてもトイレは行けるし、トイレの水は流し放題だし、トイレットペーパーだって気にせず使って良い。

「トイレ貸して」と言ったら「掘れ」と言われたどっかの職場とは大違いだ。最高に過ごしやすい。


あぁ、あの悪夢職場は丁度今の時期だった。

そうか、もう1年経つか。


生姜で味付けした肉をつつきながら、白飯を頬張る。温かいご飯は最高に美味い。この普通な日々が一番大切で、続けるのは難しいことを知ってしまった。

日常を疑いつつ生活をするのは健全じゃない。わかってはいても、彼が目の前にいて、普通にしている有難さを知っている。



「俺、君を護れてないって思ってた」

「ん?護るつもりだったの?」

「そうだよ、カッコよく護ろうと思ってたの」



それは無理だろう。護られる人は護られるなりに作法がある。私みたいに腕力に自信があったり、自分のちからを駆使して、アレコレする人は護られる作法を守れない。



「護られる人は俺の影からパンチったり足蹴キックしたりしないと思ってた」

「よし、そんな常識こそ足蹴キックしてやろう」



どうやら私と班長の画策はまるっと知られたようだ。班長、お酒飲むと口が羽より軽いから飲み会でゲロったな。



「でも、俺、君がいてくれて良かった」

「破れ鍋に綴じ蓋って知ってる?」

「知ってる」



可愛い女の子を目指してもなれない私と、単品ひとり能力ちからが足りない君はきっと丁度ピッタリだったのだろう。

ゆっくりとご飯を飲み込みながら、彼は部屋の寒さに震えた。



炬燵コタツ買おうか」

「いいね。部屋からでたくなくなる」

「部屋どころか、炬燵コタツからね」



はじめは布団しかなかった部屋にも、ちゃぶ台、冷蔵庫、洗濯機と物が増えてきた。今後は、日常を彩る非必須ぜいたく品を増やしていこう。

端末スマホ画面スクリーンに映るたくさんの選択肢こたつを指先で弾いていく。



「よし、この炬燵ジャックにしよう」

「ダメ。君が入るんだから、こっちの炬燵タマにする」

炬燵タマは雌なのか」



とてもどうでも良い日常会話はなしをしながら、君と肩を寄せあった。

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