レヴィ 生と死と
「まったく、参るね」フィリップ・レヴィは忌々しげにつぶやいた。「こんな小娘に時間を取られるだけじゃなく、手傷まで負わされるとは」
レヴィの肩は、銃弾によってつけられた傷により血が滲んでいた。
痛々しい傷口にもかかわらず、レヴィは冷や汗一つかかず涼しい顔をしている。
「早く先に行った男を追わないといけないのに、困ったもんだ。まあ」レヴィはライフルを持ち直した。「それもこれでおしまいだがな」
銃口の先でミカが横たわっていた。
太腿にライフルの弾丸を受け、すでに立ち上がることができなくなっている。
表情は苦痛に悶えながらも、必死に身体を動かし、拳銃に向かって手を伸ばしてもがいていた。
「危ないおもちゃは没収だ」レヴィは拳銃を蹴り飛ばしたあと、ミカを踏みつけて身動きを封じた。短い悲鳴が洩れる。「女を殺す趣味はないんだが……恨むなよ」
ライフルの照準がルナの頭に合わされる。
(ああ。私、ここで死ぬんだ)
痛みによる苦痛があり、死への恐怖があった。
それでも、頭に浮かぶのは別のことだった。
(レイジさんはたどり着けたのかな。ルナさんを助けられたのかな……)
儀式を行っている場所にはクレマンの仲間もいるだろう。
普通に考えれば、そんな中に一人で行ったところで何ができるとも思えない。
だが、レイジなら……。
(きっと、大丈夫だよね。私が信じた人だもの。私が……)
ミカが安堵のような微笑を浮かべていることに、レヴィは気づいた。
きっと、死を目前に幸せな夢を見ているのだろう。
なら、せめて夢が醒めないうちに、終わらせてやろう。
レヴィは引き金にかけた指を、ゆっくりと引いていった。
鋭い銃声が地下空間に鳴り響く。
ついで、けたたましい絶叫が轟いた。
「がああああああああああああああああああ!」
苦悶による濁った叫び声。
銃弾は、レヴィの脇腹を貫いていた。
ミカは事態を理解できず、朦朧とした意識のまま、レヴィが倒れていく様を眺めていた。
「――剣術の方が得意だが、銃を使えないわけじゃないんだ」
「ランス・ラヴァテイン……!」憤怒の表情で、レヴィがランスを睨む。「なぜ、貴様がここに……いや、なぜ我々と敵対する!?」
「最初から仲間になった覚えはない。それに、先に裏切ったのはそちらだろう。警察が待ち伏せしていることを知っていて、わざと僕たちを行かせたのだから」
「……気づいていたのか」
「黒山羊の動きを監視している人間が、警察の存在に気づかないはずがない。つまり、僕らは警察への当て馬として使われたわけだ。部隊が新参者ばかりで構成されていたのも、最初から捨て駒にするつもりだったからだろう」
「だが、その女は警察だぞ! そのままにしておけば、アンタの身だって危うい」
ランスはチラリとミカを一瞥した。
「だからどうした。僕はもう、自分の正義を貫くと決めた。そこに障害があるなら、乗り越えるだけだ」
「詭弁を……」
レヴィは後ろ手にライフルを探った。
幸い、転倒した際に遠くへ投げ捨ててはいなかった。
落としていたライフルを慎重に掴む。
瞬時に、ライフルを構え、ランスに銃口を向けた。
引き金を引く寸前、レヴィの前方に黒い影のかたまりが見えた。
それが何か、レヴィには理解できない。
ただわかるのは、それが自身に迫っているということだ。
ぐしゃり。
身体が宙に浮いていた。いや、持ち上げられていた。
間近に迫り、黒いかたまりがようやく黒山羊だということに気づいた。
そして、自身の腹部に、禍々しい角が突き刺さっていることを。
「ごっ……ふぁ!」
口から血液を吐き出す。ようやく、腹部の痛みを脳が認知する。
痛い。痛い。苦しい。
もはやレヴィには抵抗することもできず、黒山羊は暗闇へと消えていった。
ランスはただ呆然と黒山羊の後ろ姿を見つめていた。
「……そうだ。大丈夫ですか!?」
慌ててミカのもとへと駆け寄り、負傷の度合を確認した。
大きな傷口は太腿だけだったが、かなり血が流れている。
ランスは急いで傷口に布を当て、縛り上げた。
「早く処置しなければ……近くに仲間はいないのですか?」
ミカの意識は混濁しているようだった。
それでもパクパクと口を開閉し、何かを伝えようとしている。
「なんですか?」顔を近づけ、耳を澄ませる。「落ち着いて。ゆっくり言ってください」
「……す、けて……イジさんを……ルナ……さん、を」
「……ルナ? 今、ルナと言いましたか!?」
ミカがこくりと頷く。
「どこにいるんです!?」
レイジの行った方角を、ミカは震える手で指差した。
「……ですが、貴女だってまだ安全では……いつ黒山羊が来てもおかしくない」
「わた……しは……い、じょうぶ……ふた……りを……すけて」
息も絶え絶えになりながら、ミカは言い切った。
「……わかりました」ランスはミカを抱き上げ、柱のかげに移動させた。「行かせていただきます。――ありがとうございました」
ランスは、自らも手負いのまま、ルナのもとへと全力で駆け出した。
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