第4章
レイジ1 発見と挫折
「現在、我々は全力で女の行方を追っています。警察の管理している留置場から被疑者の逃亡を許すなど、前代未聞の不祥事ですからね」
カスティは苛立ちを隠そうともせず、指でカツカツと机を叩いていた。
「もしキミが脱獄になんらかの方法で手を貸していたのなら、と考えたのですが、その様子では何も聞かされてはいなかったようですね。とにかく、早く女の身柄を確保するためにも、組織の情報を」
「現場はどうなっていたんだ?」
「は?」
「留置所の牢は力づくで破られたのかと訊いているんだ」
「はあ」カスティは不審な目をレイジに向ける。「そんなことをされれば、夜中のうちに大騒ぎになっていたでしょうよ。留置場の仕組みは知っていますね? 各牢に仕掛けられた電子ロック、飛び回る監視用のTM、さらには留置場の出入り口も電子ロックで守られています。電子ロックについては管理キーがなければ開けられませんし、一つでも無理やり突破しようものなら、セキュリティが反応して署内全域に警報が鳴り響きます」
「そういった騒ぎはなかった。つまり、脱獄は留置所の外でセキュリティを解除してから行われたということだな」
「ええ」カスティは苦々しげに頷く。「ご丁寧に管理室を制圧し、留置所の監視システムを停止してから、悠々と女を回収していったようです。そのため、脱獄に気付いたときにはすでに連中は影も形もなかったというわけですよ」
「だが、いくら夜中とはいえ署内にはたくさん警官がいたはずだ。そんな状況下で易々と侵入できるはずが……」
「ですが、実際に起きてしまったんですよ!」カスティが怒鳴る。「犯行グループは、何らかの手段によって警備が手薄なところを探り当てたのでしょう。たとえば、署の事情に通じた警官と内通していれば容易いのでしょうが」
カスティがチラリとレイジの表情を見る。
「……まあ、日中であれば市民のふりをして署に入ること自体は難しくありませんし、その時に侵入路の目星をつけたのだろうというのが大方の意見です」
レイジはカスティの言葉には反応しなかった。
ただ、ルナが留置所から連れ去られたという事実、それが外部の”人間”の手によるものということが何を意味しているのかを考えていた。
「あの女が組織にとってここまで重要な存在だったとは、想定外ですよ。まるで自分は何も知っちゃいないという顔をしていたくせに」
カスティが愚痴るようにぼやく。
(実際、俺が聞いた以上のことをルナが知っている様子はなかった。何かを隠していたとも思えない)
にもかかわらず、高いリスクを払ってまで、ルナは連れ去られた。
つまり、ルナにはそれほどの価値がある?
(……まさか!)
一つの仮説がレイジの頭に降りてきた。
ありえない話ではない、むしろ筋は通っているように思われた。だが、正常な思考ではない。
そもそも、どうしてルナでなくてはならないのか。
それがルナの持つ”価値”だというのか。
「……カスティ、俺はいつまでここにいなくちゃならないんだ?」
「はい?」カスティは目を見開いた。「どういう意味ですか?」
「一刻も早く捜査に戻りたいんだ。俺をこんなところに閉じ込めていても、これ以上のメリットはないだろう?」
「何を勘違いしているのか知りませんが、キミは捜査において不正をはたらいた人間なんですよ。そんな者が戻りたいなど、よく言えたものです!」
「だが、事態は切迫している。早くルナを見つけなければ、失態は署の外にだって……」
「そんなことは百も承知です! ですが、だからといってキミの……犯罪者の手を借りることなどありえません」
「俺なら絶対にルナを見つけ出してみせる!」
「くどい!」
カスティは吐き捨てると、早々に取調室を出て行った。
「くそ!」
机の上に頭を打ち付ける。
すでに、レイジ一人ができることなど存在しなかった。
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