ランス1 地獄絵図
地下空間のなかで、数多くの足音が鳴り響いていた。
数はおそらく百人以上。犯罪者の集団に過ぎないはずなのに、全員が軍人のようにキビキビと歩き、音は一定のリズムを刻んでいる。
ランスは集団のなかに紛れていた。周りは見知らぬ顔ばかりだったが、ランスに注意を払う者はいない。誰もが無駄話もせず、目的の地点に向かってひたすらに足を動かしている。
目的地はTMのマップに記されていた。TMを持たないランスは周りについていく形となったが、前回もレヴィの背を追っていたので、特に不都合はない。
(そういえば、あの男の姿が見えない。なにか他に任務があるのか?)
アジトでは姿を見かけたが、特に会話をしたわけでもない。レヴィはせわしなく動き回って部下に指示を与えており、実質的な現場の指揮官だった。本来のトップであるジェネラルは、ついに最後まで姿を見せることはなかった。
(おそらく、ジェネラルもレヴィもどこからか作戦の経過を見ているのだろう。それよりも、警察の動きが気になる)
一昨日の銃撃騒動で地下空間は通行規制が敷かれ、地上から地下へ降りていく入口はことごとく閉鎖されている。『黒山羊協会』の部隊が侵入できたのは、扉へ不正にアクセスし、システムに感知されずに入口をこじ開けたからだ。
だが、すでに警察の手が入っているという事実に変わりはない。あるいは、地下空間内を警備巡回している警官がいるのではないかという疑念が頭をよぎる。仮に鉢合わせた場合、警官が口封じに殺されるのは間違いないだろう。
先行している部隊から報告がない以上、考えすぎとも言えたが、周囲への警戒は怠らないほうが良い。
「……止まれ!」
そう思っていた矢先、前方の指示で行軍が止まった。
じっと息を殺し、暗闇のなかの気配を探る。
……。
「ッ! 全員、武器を取れ!」
『動くな!』
二つの声が聞こえたのはほぼ同時だった。
片方は、『黒山羊協会』部隊を指揮している者。
もう片方は、前方に広がる暗闇からだ。
部隊の構成員は、指揮に従って銃を構えた。
『お前たちはすでに包囲されている! 無駄な抵抗はやめ、武器を捨てて投降しろ!』
暗闇のなかの声が叫ぶ。拡声器のようなものを使っているのか、姿が見えないほど距離が離れているにもかかわらず、音がキーンと響く。
地下空間の暗闇のなかに紛れ、声の主の姿も相手部隊の人数も肉眼では視認できない。あるいは、柱の後ろに隠れるなどして、こちらの視界に入らないようにしている可能性もある。
(相手は警察か? 包囲がハッタリでないとしたら、情報が漏れたのか?)
いずれにせよ、不用意に動けば蜂の巣にされる可能性は高い。
だが、おとなしく投降すれば、ルナを救うどころの話ではなくなる。
(どうする?)
部隊のなかでも緊張と困惑で空気が張り詰めていた。
汗がダラリと首筋を流れる。
「――全員、撃てええええええええええええええええええ!」
「なっ……!?」
指揮官の男が叫んだ直後、凄まじい轟音が響き、無数の銃弾が暗闇へ向けて発射された。
『くっ……こちらも応戦しろぉ!』
(マズイ!)
ランスはいち早く部隊から離れ、近場の柱のかげに身を伏せた。
次の瞬間、四方八方の暗闇から銃弾の雨が降り注ぎ、『黒山羊協会』の部隊を襲った。
「があああああああああああああああ!」
銃弾に貫かれた者の絶叫は、すぐに銃声の嵐にかき消された。
おびただしい量の血液が噴出し、宙を赤く染める。
「固まって動くな! わかれて四方の敵へ突撃しろ!」
生き残った者は指示に従い、暗闇に向かって駆け出した。
暗闇のなかで、再び銃声が響く。
(無茶苦茶だ。こんな状態では黒山羊の討伐なんて……)
すでに地下空間内は地獄絵図と化していた。
銃弾が飛び交い、鮮血が舞う。すでに先日の黒山羊との戦闘よりも凄惨な被害が、人間同士の争いで生じている。
その時、
「キイェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
空気が震えた。
「なっ……」
銃声でも、兵士の断末魔でもない。
その絶叫に、ランスは聞き覚えがあった。
(……まさか、こんな状態で、こんなタイミングに……!)
声の方向に目をやる。
それは悪夢や幻覚などでなく、確かに存在していた。
禍々しい漆黒の巨躯。
残虐な悪魔――黒山羊が、この地獄に姿を現した。
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